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ここのところ、別件で落ち込んでいたので、こちらのほうが、なかなか
更新できませんでした。見てくださった皆さん、ありがとうございました。
本日から、2日に1回のペースで、更新していきたいと思います。
ただ、今回、非常に厳しい状況だったので、どうなるかはちょっと予断を
許しませんが。
ダービーとニュートンの分裂の背景について、その背景に教役者の権威
に関する二人の考え方の違いがあったようです。この教役者の権威につい
てと、集会運営のあり方の考え方の違いについて、Tim GrassのGathering
to His Nameの74ページには、次のような記述が見られます。
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1845年の夏、ダービーは、デボンとサマセットの地方を巡回したのです
が、後に、集会に自由な礼拝を大きく妨げさせるほどの聖書の教役者の
権威に関するありあまるほどの証拠が見られた、と主張したのでした。
このことは、ダービーがまさに教会を離れる原因となった、まさしく聖
職者主義だったのでした。ダービーにとって見れば、ニュートンが集会
をコントロールしようとしたことは、集会における聖霊の権利を不当に
奪おうとするものであると判断したのでした。ニュートンの高圧的な態
度は、他の信者についてのニュートンの自信を奪うことになったのでした。
以上、和訳終わり
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この、聖霊の働きの主権の重要性ということは、エクスクルーシブ
ブラザレンのみならず、オープン・ブラザレンの信徒も重視すると
ころですが、ともすれば、混乱に陥りかねない部分を持つように
おもいます。聖霊の働きを重視する、ということで預言や異言、癒
しといったことを主張する人々が、歴史上、ブラザレンの信者の
中にも見られました。それがもとで、分裂していった教会もあるよう
です。かなしいことですが。
私自身は預言や異言、癒しの存在そのものを否定する考えは持っ
ていませんがは、現代ではすでにその必然性を失ったため、特殊な
環境の下でしか見られないと思っています。日本では、みられない
んじゃないか、というのが私の考えです。それよりは、今を生きる
日本の人々に、聖書と聖書を通して語りかける神の存在を私自身は
大切にしたいし、それをお伝えできればなぁ、と思っています。
それも、宣教のことばの愚かさ、というか不完全さを通じて、で
しかないのが、つらいところですが。
参考文献
Tim Grass(2006) Gathering to His Name, Milton Keynes, Paternoster.
ISBN 1842272209
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