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ダービーとニュートンの立場の違いの問題は、初期のブラザレンの
リーダー達にも影響を与えたようです。その影響の仕方は、非常に
多様だったようです。その多様さについて、Tim GrassのGathering
to His Nameの75ページには、次のような記述が見られます。
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この問題の議論は、プリマスだけの問題にとどまりませんでした。1846年
1月11日には、ロンドンのRawstone Street集会で、コンゲルトン卿は、
Wigramがプリマスの集会を分裂させかねないダービーの動きを助けていると
非難したのでした。4月には、ロンドンで、(集会内で)何が起きているのか
に関する会合が開催されました。そこでは初期の指導者がどのように発言した
のかの記録がのこっており、この問題にどのように初期の指導者が反応したの
かを知ることができます。チャップマンは、プリマスでの悪(evil)の問題は、
キリスト集会全体に広がりかねない問題であるとしました。プリマスの人々は
最初の愛から離れてしまい、キリストに戻ることが必要であると主張しました。
そして、反省のための集会が(その段階で開かれていたのですが)、6年前の段
階で必要だったとChapmanは思っていたようです。Belletは、Chapmanの見解には
賛同していましたが、どこまでブラザレンが間違ってしまうことができるのか、
ということを聖書的に調べることが必要であると主張していました。Dormanは
「9年前に信仰を持った時の自分と今の自分が違う」ということから、世的なも
のが影響していたとしていましたし、コンゲルトン卿は、ダービーとニュートン
との友情を続けることができなくなったことと、彼が、参加している集会が攻撃
にさらされていることにショックを受けていた。Hargroveは、牧会と霊的な賜物
の件でのブラザレンの考え方の問題からブラザレン運動から離れていました。
Hargroveはプリマスでの分裂が確実なものとなっていない、と考えていたのです
が、ダービーとWigrameとは会いたくないと思っていたのでした。
以上和訳終わり
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この話を訳しながら、ブラザレンというのは、最初の頃から多士多彩だ
ったのだなぁ、と思いました。様々な考え方があり、それが相互に影響し、
そしてそれぞれの集会のあり方を作っていたのかなぁ、と思いました。
ある面、独立型ブラザレンが自治を重んじていくのも、それぞれの指導
者の考え方が違うので、自治が重視されていくことになるのかなぁ、と
いう印象を持っています。
その意味で、昔も今も、多様性があり、それでもキリストの体としての
一致できる点をあまり明確にせずに一つの集団をなんとなく成しているの
がキリスト集会なのかなぁ、ということを思います。それは、それで、
素晴らしいことと思います。何か一つの教義に凝り固まったり、教義に
ふりまわされるのではなく、互いに受け入れあい、相互の考え方を尊重し
ながら、教会運営というものを考えていける、ということは長所だろうと
思うと同時に、そのことが内部で議論を生む原因となりやすいことを考え
ると短所ともなるなぁ、と考えると、少し考え込んでしまいます。
とはいえ、多元主義者の私としては、やはり集会のあり方がいいなぁ、
と思います。
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