ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

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歴史を振り返る中、信者の救われた時期別に特徴を見ておく

必要がどうもありそうな気がしています。それが、信仰者の

あり方を形作っていく部分もあると思うからです。

もちろん、聖書理解という意味では、普遍的で変わらない

ものもありますが、信仰のスタイルという意味では、世代論

というのか時代と信者の信仰のスタイルということはかなり

関係しているのでは、というヒントをこれまでのコメント

で頂いたりしたので、世代論ということで考えたことを書

いていきたいとおもいます。参考文献はありませんが、基

本的には、これまでお話をお伺いした信者の方々の証など

に依拠しています。

一人ひとりを上げることができないので、引用に関しては、

記載いたしません。

 また、今回の内容は、若干重いものを含むため、意図的

に軽い印象を与えるため、ちょっと不謹慎ともとられかね

ない表現を含むことがありますのが、ご理解下さい。

 こういうくだらないととられかねないことを考えた背景

には、強行突破型の信仰者の姿をとらざるを得なかった、

キリスト者の中でも、かなり極端な形でも非常に極端な行

動や強行突破型の行動をとらざえるを得なかった、あるい

は強行突破型の信仰者の姿を取ってきたことがあるのでは、

という思いからです。現在の世代に対する福音を語る上で、

どのような影響があるのかを考える上で、世代論あるいは

時代背景との関連で考えておくことは重要だと思うのです。

 また、日本のブラザレンの信者の方は、終末論への関心の

ためか未来に関しては関心が深い未来志向の方が多い割に、

自らのグループ及び他のキリスト者グループに関する過去に

関する関心が少ない方が多いため、現在のキリスト集会運営

に影を落としている要因を見逃している部分があるように、

思います。

 ここでの見解は、あくまで個人的な理解であり、誤りを

多分に含んだ推測や思惟の結果の表現です。できるだけ、

多くの情報を集め、修正していきたいと思っておりますの

で、情報をお持ちの方がおられましたら、ご提供いただく

ことをおお願いしますとともに、皆さまからのご意見をい

ただきながら、補正、修正していきたいと思います。また、

印刷されたデータによるもので後付けができるもの以外は、

あくまで平均的な像だと思っていただくほうがよいと思い

ます。

1910-40年代に救われた信者

 この時代の信者のかなりの部分は、他のキリスト教会から

流入した信者が多いと思われます。他のキリスト教会の在り

方(伝道方法、牧師の力の強い教会運営、牧師、長老層の二

重構造(建て前と本音などなど)に不満を覚え、そこからスピ

ンアウトしようかどうか迷っていたところにブラザレン運動

の宣教師と出会い、ブラザレン運動になっていく、というス

タイルだろうと思います。もちろん、ブラザレン運動の伝道

の結果、信仰を持たれた方も少なくはないでしょうけれども。

 この時期に入信した信者には、大正デモクラシー時代の

一種独特の平民の向上意識というのか、当時の上流階級への

市民層の反発とまではいかないけれども、憧れとやや否定的

な視座がないまぜになった複雑な視線が含まれていると思い

ます。

 この時期の多くのキリスト教会が、インテリ向けの教会で

あったことは、「なぜ、日本にキリスト教が広がらないのか」

などでも明らかになっていることを考えると、教会(キリスト

集会)内の階級差のようなものがない、ブラザレン運動の当

時の日本における革新性が見えてくると思います。大正デモ

クラシー時代の社会の空気を吸った人々には、平信徒が教役

者となる教会内にクラスがないと見える民主的とも取れる姿

は新鮮に映ったことでしょう。

 一応、戦前は、やはり身分制度というか、エスタブリッシ

ュメントは厳然とあったので(いまも形を変えてあるという

話がありますが)、それを受容していた当時のキリスト教会

の姿に対し、それを超越したキリスト集会の教会論は、非常

にアピールするものがあったと思います。(このあたりが、

キリスト教会に対する対抗意識というのか、否定的な視線に

つながっていくようです。)

 特に、英語や外国語が特殊技能であり、この語学をキーと

した伝道が今以上に自分の置かれた状況を抜け出すために、

重要な役割を果たしたこともあり、この関心から信仰へと

つながっていった人たちもあるようです。(三浦晃一編、

「雲のごとく」や石浜義則著「私の歩んだ道 主イエス・

キリスト」などを参照)
 
 この初期の時代の信者は、いまだキリシタン禁令という

概念が頭にしみついた人々の中、(徳川崩壊から、3世代

を経るか経ないかの時代)耶蘇という蔑称を浴びながらも

信仰を持たなければならなかったこと、少数者であること

に甘んじなければならなかったこともあり、かなり強行突

破的な人生を歩まざるを得なかった部分もあるようです。

 また、人の生き方も今と違ってのんびりしているもの

の、義理人情の中で生きなければいけないなど、近代化

社会に向かいつつも、前近代的な制度や社会環境が厳然

と存在する中、伝道していく問題に直面しており、その

分、かなりの強行突破型の人生を歩ませていく要因にな

ったと思います。

 その結果、宮城遥拝、親影遥拝、勅語遥拝問題への

対応の結果、不敬罪ないしは治安維持法違反事案として

逮捕・投獄された信者もいなくはありません。また、

宣教師では、殉教とも呼ぶべき経過をたどった人物も

います。

 既存のキリスト教会からスピンアウトした信者が多い

ので、既存教会への否定的な視点を持ちつつも、他の教

会の信者と実質的な友好関係を持っている方々も多く、

キリスト者が社会で少数派であるが故の狭いコミュニテ

ィが形成されていた部分もあるようです。

 この時期のキリスト者の姿が、今のキリスト教会の

在り方をかなりの部分形作り、戦後の教会運営の在り

方に大きく影響を与えます。というのは、戦後のキリ

スト集会の成長期には、これらの人々が指導的な役割

というか一種のロールモデル(行動の模範となる役割)

を果たしていったものとおもいます。明示的なお話や、

行動パターンなどを通しての暗黙的な意見の表明を通

して、かなりの影響力があったものと思われるからで

す。

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