ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

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 Tim Grassという人のGathering to His Name という本を読んでいる

のですが、初期の頃のブラザレンのリーダー達の結婚状況について

かなり詳しく書いてあります。

 この辺は、Coadにも書かれているのですが、Grassのほうが詳しいし、

Coadにはない情報も含まれています。ブラザレン研究をするなら、

この本が今一番良いのではないかと思います。外部の方(もとバプティ

ストの現国教会の牧師さん)が書いているので、かなり客観的に書かれ

ています。この本、良い本なんですが、フォントが8ポイントくらいで、

おまけにTimes New Romanフォントなので、老眼が始まった感のある私の

目で電車の中では読みにくいのと分厚いので、つらい本です。いつ読み

終わるかは不明です。
 
 ところで、その本の中に、ブラザレン以前の運動が始まる前に存在し、

ブラザレンに多く用語を与えるなどブラザレン運動となるような基礎を

作り、影響を与えたけれども消え去ってしまった運動との比較で、こんな

文章が21ページにありました。

Since none of these groups has survived, however, we must ask why

the Brethren movement took root in a way that they did not. One

factor may be that from the begining the Brethren had the advantage

of a strong sense of family unity arising principally from close

network of well known leaders, which owed much to intermarriage,

especially among former Quakers. The phenomenon reflected the

movement's origins among the aristcracy and gentry, and the developing

links can be seen as we trace the origins of three groups of believers

who began meeting in Dublin during the late 1820s.

これらのグループ(ブラザレンの前に存在した福音的グループ)は一つとして残

らなかったが、彼らが通らなかった道(存続する方向)になぜブラザレンが根ざ

したのかを考えるべきであろう。一つの要因は、最初の頃からブラザレンは

結婚を介しての指導者達の緊密なネットワークから生まれる家族の一体性とい

う強い意識という利点があったことにあるであろう。特に、この傾向は、元

クェーカの人々に見られたものである。この現象は、この運動の出発点が、

貴族または紳士階級から始まったことを反映しており、ダブリンで、1820年代

に集会を始めた3つのグループの信者(3つのグループは、Rowdon, Harold H.,

The Origins of the Brethren 1825-1850. London Pickering & Inglis, 1967.

の24ページを見てください、だそうです)の起源を見ることで、この発展のた

めのネットワークの存在を確認できる。(ここまで翻訳)

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 分かっている限りでは、この運動に大きな影響を与え、Darbyが結婚するこ

とも考えたらしいPowerscourt伯爵夫人の関係者と初期のリーダー達との婚姻

関係に見られます。この方のおうちで、最初のいくつかのカンファレンス

(大会)が開かれています。この方は、先のGrassの25ページによれば、20代で

未亡人になり、36歳位でなくなっているようです。

 このPowerscourt伯爵夫人の妹は、アイルランドの福音主義者であったCongleton

卿ことJohn Parnellのおじと結婚していますし、このCongelton卿の娘は、

Brethren運動の初期の指導者の一人、Wigramの2番目の奥さんだそうです。

このWigramは1番目の奥さんのFanny Blighさんとお友達だったようです。

 これ以外にも、ジョージ・ミューラーとともに孤児院運営を企画した

Craikはこの運動に多大な影響を与えたバクダッドに伝道に出かけた

A.N.グローブスの神学の先生でしたし、ミューラーの妹は、このグロー

ブスの奥さんだそうです。

参考
Grass, T.(2006), Gathering to His Name, Milton Keynes, Paternoster.
ISBN 1842272209
Coad, F. R.(2001), A History of the Brethren Movement: Its Origins, Its Worldwide Development and Its Significance for the Present Day, Vancouver, Regent College Pub.
ISBN 1573831832

 ブラザレン運動でも、福音宣教を語る中で、仏教的なもの、神道的な

日本文化に含まれるものに対して非常に異教視し、批判的に取り扱い、

多くの人々を不必要にいらだたせ、傷つけ、悲しませ、そして、伝統的

な社会と対立・緊張関係を作り出してきたこともある時期あったことは

確かです。

 このブログで取り上げた石濱義則さんが戦前に不敬罪で逮捕される原

因になったのは、天照大神の天岩戸の記事をもとに、「日本神話の神に

はストリッパーがでてくる、なんたることか」とまた人々を不必要に刺

激するような発言をしたからだ、ということが自伝に記載されています

し、この話は何回か直接聞いたことがあるので、間違いない事実だろう

と思います。本当にものはいいようですが、聖書の倫理観を伝えたいと

いう気持ちは分かるもののこういう雰囲気を持った伝道方法ってのは、

確かにどうかなぁ、と思います。聞いている人を不愉快にしても自分の

伝えたいことを追及する。それは一つの考え方とは思いますが、福音を

語る上で、そう発言することで、緊張関係を生み出すことが適切かどう

かに関しては、疑問に思います。伝道は福音を知らない方に、お話とし

て聞いてもらうところから始まるのですから。

 確かに、キリスト教の言っている事は間違っていないかもしれないが、

ああ偏屈なキリスト教徒にはなりたくない、という印象を持っている方が

意外と多いのではないか、という佐々木先生の指摘はおそらく正しいと思

います。倫理的に正しくあることは大切、しかし他人を裁くことと混同し

てはならない、というご指摘は重要だろうと思います。

 上沼昌男さんという方が、あるブログ

http://meiso-sbjcf.blogspot.com/2007/01/30.html

に書いておられたのですが、教会の社会性の問題ということが、日本の

キリスト教社会とアメリカのキリスト教社会の中の大きな違いかなぁ、

と思います。多分、これがクリスチャンドム(キリスト者社会)の概念が

時間をかけ、醸成され、ある程度定着している社会と日本のようにこの

概念が発展途上の社会の違いかもしれません。これについては、ブラザ

レンの排他的な思想との関係もあると思っているので、いつかもう少し

考えた上で、書いてみたいと思っています。

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