ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

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 戦後、宣教師の方々が来られた時には、現在の日本からは考えられない

ほど、劣悪な環境の中で、来られたことは事実です。また、食べ物が十分

手にはいらない中でも、日本人に向かって伝道されたことは特筆すべきこ

とだとは思います。そのことはきちんと評価すべきです。しかし、福音の

理解の中に、若干西洋的な文化の影響、あるいは、ヨーロッパ言語に翻訳

された聖書の理解の影響もあったとは思います。そのことは、峻別すべき

だと思います。

 あと、佐々木さんの論考で秀逸なのは、他国を参考するのはもうおやめ

になったら、という議論です。よそ様の運動を参考にするのは、日本人だ

けではなく他国(少なくともイギリスでは、ビリー・グラハムの招聘にブ

ラザレンは関与した記事がCoadの本に記載されている)でもあるようです

が、他国を視察に行ったり、他国での伝道方法を聞いたりして参考にする、

ということはあまり有効ではないかも、という指摘は重要だと思います。

もともと、その国の文化背景が違うものを持ってきても、日本では定着し

ない、というのはその通りと思いました。自分たちの環境を考えながら、

自分たちで考え、福音を伝える努力を考えることは大切かなぁ、と思い

ます。

 といっても、自分たちを見直すための比較対象として検討する際の参

照点にすることは重要なので、他国の信者の方と交わったり、その話を

お聞きすることは大切と思います。ただ、あまり影響を受けすぎないこ

とは大事だと思いますが。それと、自分たちが、キリストの体である教

会(信者全体で構成される目に見えないキリストを信じるものの集合体)

の一部であることを体験できるので、それはそれで重要だと思います。

 不幸にして、戦国期以降の日本には、聖書は、ヨーロッパ経由で入っ

てきましたし、(景教として、東方経由で伝来し、若干影響した可能性

もないわけではないですが、それを指示する資料がないようにおもいま

す。)特に、明治期以降は、アメリカ人宣教師などにより伝わってきま

したし、第2次世界大戦後も、アメリカ、イギリスを中心とした方々が

来られる中で、それらの国とそれらの国の文化に大きな影響を与えた先

駆者となった地域の文化の影響の中で構築された概念、例えば、礼拝出

席の際の服装の概念や理想とされる髪型の概念などは、影響したとは思

います。

 服装の概念や、髪型は福音とは直接関係ないので、それが躓きを外部

の人々に与えたとしたら、それは不幸な出来事だったといってよいだろ

うとは思います。しかし、イエスやバプテスマのヨハネはナジル人とし

て歩んだ可能性も高いはずですから、昭和50年代後半の日本のブラザ

レン集会に来られたら、当時流行のヒッピー文化に影響されていると判

断されてイエスや、バプテスマのヨハネの向かってその集会の責任者が

『ご兄弟、主の前に祈りましょう』といわれたのでは、と思うと、噴き

出しそうになってしまいます。イエスやバプテスマのヨハネも「そうか

い。それじゃぁ。」、といって気軽に祈られたとは思います。非常に

不謹慎で、不真面目な発想ではありますが。

(ちなみに、ナジル人は、出生以来髪の毛を切らないとなっているので、

今で言うレゲエの方々と雰囲気がそっくりだったようです。)

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