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この連載も、あと1回くらいで終りにしようと思います。
ブラザレン運動は、幸か不幸か、ビクトリア朝の英国(アイルランド)
で発展しましたので、どうしても、その文化背景というか時代の雰囲気
の影を引きずっています。このブログにコメントしてくださる方が一番
最初に下さったコメントで、「聖書はイギリスの文化で書かれてはいな
いように思う。」というご発言がありました。ご発言は、これはその通
りなんですが、ブラザレン運動が連合王国で実質上発展していったこと
もあり、英国文化の影響、特に、ビクトリア朝の影を引きずっています。
これまでも触れたように、特に服装、髪形などの目に見える部分で。
アメリカのブラザレンのキリスト集会に行った時、棺桶に入るときの
服装そっくりの衣装、18世紀に標準的であったロングドレス(アーミッ
シュの女性が着ているような濃いめの黒や紺の服。どこで手に入れてい
るんだろうか、聞き忘れた)で集会に出席する姉妹方。
21世紀のマイクロソフトが幅を利かせる日曜日のシアトルで、18世紀
の服装をして、17世紀に標準的であった英語(欽定訳)による翻訳の聖書
を読んで、そのポケットには、携帯電話。自宅との往復で使う車は、馬
車ではなくて、日本の愛知県で生産されたレクサス。何かアンバランス
だなぁと思います。自動車や携帯電話は聖書には出てこないんだけど。
もちろん、レクサスも聖書にはありません。テイラーブラザレンは、
インターネット禁止のようですから、携帯も禁止かもしれないですね。
携帯もってたら、「祈りましょう」って言われるのかもしれない。でも、
レクサスのってても、祈りましょうとはいえないでしょうし。この辺、
何を聖書的とし、許容したり拒否したりするのは、文化の影響もあるよ
うにおもいます。一時、火災保険をかけたり、生命保険を持つことは、
不信仰と言われた時代がありました。石濱さんも、火災保険は不必要
だ、という立場だったですねぇ。
私?火災保険かけてますし、生命保険もかけています。不信仰なのか
もしれませんが。ローンを組むためには、そうも言ってられないので。
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