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中国の共産化に伴うインランドミッションの崩壊に伴い、
日本に来られて日本に定着された伝道者もありますが、
台北を中心とした台湾伝道へと切り替えた事例も少なく
なかったようです。
その意味で、進駐軍は撤退していったとはいえ、
朝鮮戦争中のなお政治的安定のない韓国より、
日本が、やはり、日本がバックアップ基地となった
ことが分かる記事です。
政治環境と福音伝道の問題は、微妙にリンク
していることが確認されます。その意味で、日本の
政治的安定化での福音をどう人々に証言していくか、
ということは大事だと思います。
時代背景も感じる記事が多いです。雲のごとく
には、今翻訳しているローワーさんの文書の部分訳
がのっていますが、別府の集会の閉鎖は記録されて
いますが、その地の信者の処遇までは書かれていな
かったので、他の教会に転籍されたことがこの資料
で書かれています。
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1952年宣教師の到着
C.プレッソンご夫妻(アメリカ)
ビーン嬢 -|
フラナガン嬢 -|- 台北に移動
ベーアご夫妻 -|
既存集会 13
新規集会 2(青森・大阪の王子)
活動停止 ‐1(別府)
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計 14
コールドウェルさん青森で活動を開始。
大阪で3番目の集会(王子地区)が開始
ファンさん夫妻、集会の交わりから離れる。
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この年、コールドウェルさんは、本州という本土の最北部の青森にまで
移動しした。そこでは、ベーアさんが前の年に何人かの信者を確認した
ところである。
ファン夫妻は、集会の交わりから去り、別府の信者たちは、他の信者の
群れと共に集まることとなった。中国の伝道者たちの何人かが中国での
締め出しの結果、日本に来、台北での中国人伝道に転身していった。
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1952
MISSIONARY ARRIVALS
MR.& MRS. C PRESSON (U.S.A)
MISS BEAN -|
MISS FLANAGAN -|-- MOVE TO
MR. &MRS. BEAHR -| FORMOSA
EXISTING ASSEMBLIES 13
NEW ASSEMBLIES 2
CEASED(BEPPU) -1
-
14
MR. S. CALDWELL START WORK
AT AOMORI
3rd ASSEMBLIY STARTED IN
OSAKA(OJI DISTRICT)
MR. & MRS. WHAN LEAVE ASSEMBLY FELLOWSHIP
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During this year, Mr. Caldwell move to the far north of the main island of
Honshu to Aomori, where there were already some believers from the previous
year's work of Mr. Beahr.
Mr. and Mrs. Whan left assembly fellowship and the believers gathered at
Beppu went into another fellowship.
Some of the China missonaries who had come to Japan with the closing of
China moved on to do Chinese work in Formosa.
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