ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

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 キリスト集会のなかで、キリスト集会の基本的なあり方というものを

書いたものとして持っている集会は少ないと思います。とはいえ、宗教

法人を取得する際には、この種の基本的な組織運営のあり方、というこ

とは求められるので、なんらかの集会運営のあり方の基本的な考え方を

文章として持っておられるキリスト集会はあるとは思います。ただ、こ

れを作るとその文章に縛られる、という事でこういう文章を準備するこ

とを嫌うという性格が強いと思います。

 しかし、ミューラーとクレイクは、集会の出発点で、このような方針

をどこかで宿泊して、集中的に議論して(リトリートして)決めたよう

です。この背景には、信者としてのバプテスマを受けていない信者の取

り扱いの問題だったようです。というのは、幼児洗礼を受けて、その後

イエスに従っているものの、改心をした結果としてのバプテスマを受け

ていない人々をどのように取り扱うべきか、聖餐式に受け入れをどうす

るのか、ということが問題になったようです。ミューラーとクレイクが

奉仕するベテスダ集会でもこの問題が議論の対象になったようです。結

局、ミューラーたちは、ベテスダ集会では信者としての改心に基づくバ

プテスマをメンバーの基準とするということを撤回することになりました。

どうも、この基準というのは、ダービーによる問題提起に基づくものに

よるもののようです。ダービーは、生涯にわたって幼児洗礼者だったた

めに、実質的にダービーはベテスダ集会からやや遠ざけられていたよう

です。

 どうも、信者の受け入れに関する教会のあり方に関することが問題に

なったようで、聖書に基づいてこの部分に関する教会運営の方針を定め

たようです。これについてTim GrassのGathering to His Nameの45-46ペ

ージには、次のような記述が見られます。

---------------------------------------------------------------
I長老について
 1.長老は必要である
  (マタイ24:45、ルカ12:42、使徒14:23・20:17、テトス1:5第1ペテロ5:1)

 2.長老は、聖霊によってその任に就くべきである
  (使徒20:28)

 3.長老の就任は、聖霊のひそかな召命によるべきであるものの(1テモテ3:1)、

   その召命の確認は、必要な性質を候補者が持っていることによって確認され

   るものであって(1テモテ3:2-7、テトス1:6-9)、長老の苦労は、神から
 
   祝福されるものである(Iコリ9:2)

 4.聖徒は長老についての上記の内容を覚えるべきで、主にあって長老に敬意をも

  って尊重すべき存在である(Iコリ16:15-16、Iテサ5:12-13、ヘブ13:7,13:17、
  
  Iテモ5:17)
II集会による訓戒について

 1.集会としての戒告を与えることの問題は、最終的に集会全体として決定される

  べきものである(マタ18:17-18、Iコリ5:4-5、IIコリ2:6-8、Iテモ5:20)

 2.戒告を与えることは集会全体の行動として理解されるべきであること

  (マタ18:17-18、Iコリ5:4-5・5・7・12-13、2コリ2:6-8)、長老も、集会

  全体としても、確実な信仰を告白する人々を受け入れるように指示されて

  いるのである(ローマ15:7)

   (註:このことから、信仰の確認が聖餐式参加の条件とされたようです)

III戒告のための信徒総会

 過去において、これらの信徒総会は平日の夜開催されていたけれども、戒告の問

  題は、日曜日の朝の集会の聖餐式の時には、定められるべきである。
 
 具体的な指導の内容
 1.(教会の開始時刻に)遅れることを避けること
 
 2.日曜日の朝の集会に参加を熱心にすること

 3.聖餐式に参加する個人は、教会の信者としてのすべての権利と責任と試練を受

  けるものであるということが示されるべきこと

 4.信者の交わりを表現するような神の定めとの関連で、これらの問題が扱われる
  
  のは当たり前であること

IV聖餐式
 1.聖餐式の回数に関しては、聖書には明白な基準が示されていないが、使徒たち

  の例や初期のクリスチャンのあり方を考えると、毎週日曜日がその例として示さ

  れている。(使徒20:7) やはり例示ですよね。

 2.主の死がもたらした恵とキリストにあって一致していることを、広く一般の参

  加があることで、象徴的に示す主の晩餐が行われる集会の性質を考える時、学び

  や、解き明かしの賜物、聖餐式における祈りや賛美の賜物が示される機会が保障
  
  されるべきである(註:だから長くなる場合があるようです)。学びや解き明かしの

  賜物がある人々は、集会の徳を高めることに勤める責任を感じるべきではあるが、

  そのような才能を持つ、ある一人の人の手のうちにおかれるべきものではない。
  
  (牧師のような制度はおかない)

 3.パン裂きのパンは、一人の長老が裂いて渡すものではなく、一人一人が手にとっ

  て取るべきものであり、このことは聖書にも望ましいこととされている
  
  (Iコリ10:16-17)。(註:確かに、アメリカの別の教会に行ったとき、小さく
  
  すでに小分けになった乾パン状のものが出た時には、正直驚いた。)でこのこと

  は、我々の罪ゆえにイエスの体が裂かれたことを印象付けるものであり、個々人

  がパンを取り、パンを裂くことで、信者がめいめい集まって礼拝し、神の権威に

  従うことが神の定めであることを示すのである。このように神の権威に従うこと、

  信者が集まって礼拝することは、牧会的な性質を持つとされるある人々によって

  聖餐式が行われることが必要ないことを明らかにしている。

以上翻訳終わり
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あー長かった。分かりにくいところは申し訳ないです。しかし、ブラザレンは、聖餐式

論に昔からこだわりがあったんですね。

参考文献
Tim Grass(2006) Gathering to His Name, Milton Keynes, Paternoster.
ISBN 1842272209

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