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ブラザレン集会とクェーカーの関係には、色々あるようですが、
クェーカーのグループ内部での分裂にも影響を与えたようです。
自派も、この後分裂するのですが、この分裂にも、ダービーは影
響を及ぼすようです。それだけ、強烈な個性の持ち主だった
というのか、影響力の大きい方だったようです。このことに関し
て、Tim GrassのGathering to His Name57ページには、次のよう
な記述が見られます。
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イングランドの北西地域では、ブラザレンのキリスト集会ができ
たことが刺激となり、1835年にクェーカーの中で、聖書といわゆる
『内なる光』のどちらが相対的に重要かという議論がまきおこりま
した。その結果、クェーカーのグループ内での分裂騒動にまでなり
ます。いわゆる、ビーコン問題です。この名称は、Isaac Crewdson
(1780−1844)の著書『フレンド会派のビーコン(灯台の光)』か
ら来ています。この本は、聖書と福音派的な視点から、フレンド派
の神学的刷新を目指した本でした。イングランドの北西部では、数
百人単位の福音派的なクェーカーがそのグループから離脱し、英国
全土では、3000人前後の人々が、離脱したようです。ある人々は、
マンチェスターでCrewdsonがしたように自分達で独自に集まりまし
たが、多くは同じような考えを持つと彼らが考えたブラザレン関係
のキリスト教会(集会)に転入してきました。そのブラザレンと共
通する考えとは、多くの人がみている状況の下でのバプテスマと聖
餐式です。クェーカーのグループでは、バプテスマと聖餐式を実施
していなかったので、彼らはその点で欠陥があると考えていたよう
です。そして、公式に認められた牧師による牧会を否定するところ
もブラザレンとの類似点であると考えたようです。クェーカーの神
秘主義的な考えにアレルギーのように反応したにもかかわらず、ニ
ュートンは、彼のクェーカーの家族の関係者との関係を保ち続けま
した。(中略)この『聖書か内なる光』といった議論にダービーも
参加し、1836年に『(内なる)光と理性に関する見解』という本を
出版したのでした。ダービーにとって、この問題の根源にあるもの
は、聖霊についての神学的問題であると見ていたのです。しかし、
ダービーにとっては、礼拝における聖霊の役割に関してはクェーカ
ーのものと同様の方向性(神秘主義的傾向)を持っていたのですが、
礼拝における聖霊の役割についての考えをこの問題から発展させた
ことは明らかでした。
以上和訳終わり
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そういう意味でも、クェーカー的な発想やフレンド派との親和性の
高さというのは、非常に納得できるもののように思います。親子ほど
そっくりではありませんが、ある程度の類似性はあります。神の民の
群れの一部だから、当然といえば当然ですが。個人的にフレンド派の
方々と、お付き合いがあるわけではないのですが、いろんな資料や関
係するものを見る限り、違う部分、似ている部分、いろいろあって、
平和主義的な考え方なども、ブラザレン運動初期の段階でこの運動に
参加されたフレンド派のかたがたに負っている部分というのは少なく
ないと思います。ダービーは、神秘主義的な志向性を非常に強く持っ
ていたことが知られている人物です。この神秘主義的な部分というの
は、今のブラザレン運動にも影響しているように思います。特に、具
体的な物事の決定における神秘主義的な意思決定のあり方をよしとす
るような雰囲気もあるので、それは、フレンド派の方々とよく似てい
るなぁ、と思います。ブラザレンの集会では、合意することを優先し、
多数決の原則はほとんど取らないので、どうしても、意思決定のため
の会議は常時間かかる場合が多いようです。
参考文献
Tim Grass(2006) Gathering to His Name, Milton Keynes, Paternoster.
ISBN 1842272209
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