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結局、ダービーが中心的な役割を果たすエクスクルーシブ・
ブラザレンとクレイクとジョージ・ミューラーが中心的な役割
を果たしたベテスダ集会が中心としてみなされたオープン・ブ
ラザレンは、この分裂の後、かなりの長期にわたって分裂した
ままの状態が続きます。この前の記事で触れたように、この分
裂は悲しむべきこととして理解されていたようで、修復する動
きがかなりの頻度でもたれたようですが、下の記事で示すよう
に、異なった考えを持つ信者をどのように受け止めるかの基本
的な態度が異なったために、関係の修復はかなり難しかったよ
うです。結局、ブラザレン運動の中でのストライクゾーンを広
めに取ろうとした、ベテスダ集会(クレイクとジョージ・ミュ
ーラーが代表だった集会)とブラザレン運動のストライクゾー
ンを狭いものとしたダービーとその関係者たち(エクスクルー
シブ・ブラザレン)の間の溝は埋まることはなかったのでした。
じつは、この違いが、紹介状等制度と他の教会(いわゆる教派
教会)からの受け入れに影響を及ぼしていきます。
Tim GrassのGathering to His Nameの83ページには
次のような記述があります。
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ダービーは、分裂からしばらくして、ベテスダ集会の問題はキ
リストの人間性という問題について無関心でありつづけたことに
ある、としていました。ベテスダ集会のニュートンの教えに対す
る動きは深い神学的な理解に関する関心というよりも、外部的な
プレッシャーによるものであると見られていた。無関心というこ
とは、エクスクルーシブブレズレンからオープンブレズレンに対
して今尚向けられることが多い批判ですが、この批判が、1890年
代以降オープンブレズレンといくつかのエクスクルーシブ・ブラ
ザレンのグループが一致をしようとするときに議論が長引く原因
の一つともなったのでした。
ダービーに従ったブレズレンをよくエクスクルーシブ・ブラザ
レンと呼ぶことが多いのですが、エクスクルーシブと呼ばれる原
因は、教派(Sect)(ブラザレンが他の宗派を呼ぶときの名称)
から神に純粋に従い、深い聖書理解に達している信者を受け入れ
ないことと関係しているというわけではありません。クレイクや
ミューラーが指導者であったベテスダ集会と関係のある集会の信
者を受け入れないという意味で、エクスクルーシブであるという
意味であることは、いくら強調してもしすぎることはないでしょ
う。なぜ、ベテスダの信者を拒否するのかというと、その集会で
は、神学的に誤りがあるのを知りながら受け入れているという問
題があるとし、そのような問題のある信者との関係をエクスクル
ーシブ・ブラザレンの方々は避けようとしたという意味で、排除
的(エクスクルーシブ)であったのです。オープン・ブレズレン
は、聖書に焦点を当て、信者のみを受け入れるというものの、彼
らが言う教派よりは、(訳注:受け入れに関しては厳しくキリス
トを真剣に信じる)信者であるかどうかを区別する傾向にありま
した。この真剣に見分けようとする態度は、(訳注:その特徴と
して)記憶されるべきだと思います。しかし、他のグループの信
者は、エクスクルーシブ・ブラザレンでも暖かく受け入れられる
ということがそれほど頻繁でなかったということではなく(おそ
らく、この理由の一部には、彼らが教派を離れ、ブラザレンに定
着することを望んでいたという側面もあるからであろう)
(訳注:オリジナルのテキストが否定の否定となっているので分
かりにくい表現ですが、要するに、時にはエクスクルーシブ・ブ
ラザレンの集会で暖かく他の教派の信徒が迎え入れられたという
こと)、後に見るように、オープンブレズレンの集会の多くが、
19世紀には、エクスクルーシ・ブブラザレンよりも、他の教派の
信徒に対しては排除的(エクスクルーシブ)な態度をとっていた
のでした。
以上和訳終わり
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ここにもあるように、エクスクルーシブ・ブラザレンは他の
教派教会からの信者を比較的暖かく迎え入れたようです。もち
ろん、その背景には、エクスクルーシブ・ブラザレンの集会は
人数的に少ない、という課題もあったのだろうと思います。こ
れに比し、エクスクルーシブ・ブラザレンから誰でも安易に受
け入れるという批判を受けがちだったが故だろうとは思います
が、オープン・ブラザレンは、他の教派教会からの受け入れに
慎重になったようですし、信者の受け入れに関しても、かなり
慎重にすることになるようです。受け入れてよいかどうかを保
障する制度として、他の集会へ自分のところの信者が移籍する
際に移籍する信者の人物保証をする制度、一時的に訪問する際
の信者の人物保証をする制度として紹介状という制度が出来上
がって行ったようです。オープン・ブラザレンという名称から
は、広く人々を受け入れたという印象がありますが、実態はそ
うではなかった場合もあるようです。逆に、エクスクルーシブ・
ブラザレンという閉鎖的な名称からは想像しにくいのですが、
ダービー派のほうが教派からの逆に受け入れには柔軟であった
というのは、皮肉な歴史の結果といわざるを得ないように思い
ます。
参考文献
Tim Grass(2006) Gathering to His Name, Milton Keynes, Paternoster.
ISBN 1842272209
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