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今回は、石濱生というかた(おそらく石濱義則さん)の
十字架の光、という文章をご紹介したいと思います。
この結末の文章を読みながら思ったことは、石濱さんが
しゃべっておられた福音の雰囲気そのままだなぁ、
という事です。
キリスト者に関する、聖書の主張を言っておいて、
あなたはどうするのかなぁ、というような微妙な
問いかけで終わりながら、実に巧妙に迫っている、
そのあたりが、石濱義則流かなぁ、と思いました。
ただ、讃美歌の一部をとったようなお話しでもあ
り、このあたりも懐かしく思い起こします。
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然し一面に十字架の光に照らされ、霊光の中の生命の道を
歩み居る人々がある。彼らは十字架に死に給うたイエスキリ
ストを己が王、己が君主と仰ぎ、その流し給いし御血により
て全ての罪を赦され、神の子とせられ、神を父と仰ぎ、主の
造り給いつつある天国の住居を永遠の故郷と望み慕い、悪し
き心を捨て、互いに熱く相愛しつつ、己が王を讃むる歌を唱
いつつ、主の御手に引かれつつ天国への旅路に進んでいるの
である。この世は彼らにとっては、荒野か砂漠にしか過ぎな
い。名誉、地位、学問財産等は路傍の瓦石(原文カナ:がせ
き)か塵埃にしか価しないのである。その主が御在世中彼ら
の為に悩み苦しみ給いしが故に、彼らも主の為に悩み苦しむ
ことを最大の喜とし光栄とし、主の為に責めあるいは罵られ
ることを無上の誇として受けるのである。
そはなにゆえであるか、それは彼らの父なる神が彼らの為に永
遠の都を作り、主イエスを再びこの世に遺して、彼らをそこへ連
れ行き給う事を彼らに示し給うたが故である。そこには悪しき人
は一人もおらず(悪しき人らはみな火の池に入れられてしまうか
らである)、死も悩もなく、神の栄光彼らを照らし、言ひ尽くし
難き幸福と歓喜が彼らを待っているからである。
愛する読者よ貴君はいずれの道を歩いていられますか。十字架
の光輝く生命の道を歩いていられますか、それとも暗闇の死の道、
滅亡の道を歩いていられますか。前者であればこれに越す幸福は
ありません。しかしもし後者でしたら不幸極まりなしです。一日
も早く十字架のもとに来たり主イエスキリストを信じ罪赦され神
の子とせられ、生命の道を進む様になられんことを切にお勧めい
たします。
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