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今回で、「救乃泉」創刊号の内容の紹介は終わりです。最後は、
おそらく英国のトラクトの翻訳ものだと思います。時代が分かる
ので、ご紹介したいと思います。ひょっとしたら子供向け、少年
向けトラクトの内容なのかもしれません。
-------------------------------------------------------- 庭でのお話
私どもがお庭でお茶会をしたときに一人の客が次のようなお話を
してくださいました。
私の悔悛したのは八才の時でした、私の両親はよく働いていまし
た、その時私どもは邑(原文かな:まち)はずれのささやかな家に楽
しく暮らしていました。家庭は幸福でした、それは良いお母さんがい
てくださったからです、お母さんは本当に家の太陽でした。けれど突
然に神様はお母さんを私どもの家から取り去ってしまいました。その
ため家の様子がすっかり変わってしまいました、火鉢に火もなくなり
お父さんは忙しく食事の支度をしますが、ぞんざいです、家は汚くな
る、お腹(原文かな:なか)はすく、寒さに震える始末です、そしてお父
さんは時々首を抱えてうずこまっています、私のいる事を忘れている
かのようでした。私は淋しい、哀しい生活でした。ある日曜日の事でし
た。親切な近所の人が私をお茶に呼んでくれました。そしてお茶の後
で、私たちは伝道館(記載者註:Gospel Hallのことか)へ行きました。
でも私は説教を耳に入れませんでいた説教者が「母なき家庭はどんな
ものか」と言われたときはじめて注意をひきました。そして説教者も自分
も早くから母をなくして実に淋しい暮らしをしたことを話しそのうえ神なき
生活とはかくのごとくであります、けれども、一度キリストを心に迎える
なら直ちに光と喜びが与えられるが、キリストを迎えないなら、いつまで
も不幸と悲哀が付きまとうと申されたので、私は本当にそうだと思い、直
ちにイエス様を救い主として私の心に迎えました、そして家に帰りました
が、今までとは全く変わったホームになりました。説教者の申された事は
本当でした、そして神の恵みで今ではこの喜ばしい音信をどなたにでも伝
える事を無上の喜びといたしております、それですから若いお友達よ、イ
エス様を貴君の救い主としてお迎えください、そうすれば貴君は何処にあ
りましても光は照り輝きます。(F訳)
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「汝の若き日にその造主を覚えよ」(伝道十二ノ1)
「若き人は何ありてかその道をきよめん、制限にしたがいて慎むの他ぞなき」
(詩篇百十九ノ九)
「かく信仰は聞くにより、聞くはキリストの言による」(ロマ十ノ十九) --------------------------------------------------------------- これを転記しながら思った事は、この延々と続く読点だけで持っていく文章の
構造だなぁ、ということです。やはり、明治の時代や江戸時代の文章の影響か
なぁ、と思います。
お茶会といったところにイギリスの文化を見る事が出来ます。お茶といっても、
イギリスのお茶会は、スコーンやサンドイッチなど、結構お腹いっぱいになる軽
食が出るので、日本のお茶会とは雰囲気がずいぶん違うのですけれども。
しかし、この中で、ホームというカタカナ語が出ています。これは、訳者の方が、
ホームという持つ意味や温かさを表現したかったのかなぁ、と思います。そのあ
たりが、まだ、かろうじて自由な時代の名残が残っていたのかなぁ、と思います。
昭和16年ですから、ほとんど敵性語の検出が厳しくなっていたころでしょうから。
この中で、母親の死が触れられていますが、平均余命が現在の日本ほど長
くはない時代では、よくあった出来事かと思います。そういえば、Good-bye
Mr. ChipsでもChips氏の奥さんがなくなりますし、C.S.Lewisの奥さまも若くして
亡くなり、その時の無茶苦茶なC.S.Lewisの心境を書いた本をC.S.Lewisは出して
います。
しかし、個人的な証から、直接、呼びかけに持っていくのは、結構厳しいものがあ
るなぁ、とってつけたような感じがあるなぁ、と思いますが、この種の伝道方法が、
当時の英国でも普通だったのかなぁ、と思います。
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2010年05月21日
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