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今日も、Tim GrassのGathering to His Nameの140-141 ページあたりからの要約を載せたいと思います。今日も、 伝道者についてです。 -------------------------------------- 伝道者の一部の少数派は、その地にとどまりその周辺での 集会を手伝う形の初期のパターンにとどまりました。多くの 伝道者は巡回し、非常に熱心に行いました。この巡回伝道 はブラザレン運動の強みであり、メソジスト派のものよりも はるかに強力でした。この巡回により、集会間でのビジョン の共通化と聖書理解の共通化の面で非常に有効でした。 しかし、この方法についての弱みもある。というのは、巡回 伝道者だけがいつ、どこでどの程度の期間奉仕するかを決 める傾向にあったことである。集会が招く決定権を持つこと がないため、伝道ときちんとした学びの機会が欠乏する傾 向にあり、伝道者を過剰評価しがちな、地方の小規模な集 会では不満が噴出した。もうひとつの不満は、伝道者が数カ 月先までの予定についてのきちんとした予約システムを確 立していない事であった。 --------------------------------------- このような巡回伝道者の様なあり方が可能となったのは、 鉄道の普及が大きかったと思います。J.N.ダービーの時代 には、主に馬車とか騎乗での移動だったようですが、19世 紀の中ごろになると、鉄道による移動が普及し始めたよう です。 この時期の巡回伝道は、移動経費の問題や移動の労 力の問題があったため、1週間とか1ヶ月とか、相当長期 に伝道が行われたようです。さすがに日本国内では少な くなりましたが、北米ではいまだに1週間の伝道が行われ ているところもあるようです。 巡回伝道者の受け入れに小規模な集会が苦情をつけた ことには、理由があります。ホテルなどの宿泊施設が少な かった時代ですから、基本的に家庭での受け入れとなり ます。と言うことは、家庭で、長期に他人である巡回伝道 者が居座るわけです。そもそもさほど豊かでない地方の 集会のメンバーが、食費と宿泊、自分たちのベッドルーム の提供までしながら、巡回伝道者とその配偶者の世話を する、というのは負担が大きかったと思います。 いくらのんきな時代とはいえ、いつ来て、いつ帰るか わからない、風来坊のような伝道者システムですから、 これはこたえたと、思います。 さすがに、いつ来て、いつ帰るかわからない、というの は北米でも最近は少なくなったようですが、まだその雰 囲気の残りはあるようでした。まぁ、伝道期間は、一週 間程度というのが多いようでしたが。 |
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2010年07月16日
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