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Tim GrassのGathering to His Nameの中p.176からブラザレン文化に 関する部分、The Emergence of Settled Patterns of Assembly Life and Worship(集会生活と礼拝のパターンの成立)の中のA Typical Sunday(典型的な日曜日)についての記載を紹介しながら、考えてみた いと思います。 ----------------------------------------------------------------------- Ministry Meeting(学び会)は、通常、日曜日の午後に開催され、とりわ け多くの都市にある集会では、その傾向がみられ、非常に質の良い学 びが語られることから、近隣の集会や教派の教会から、多くの人々を 集めた。そのときには、聖書学級や日曜学校も開催された。農村部の 集会の信者は、家への往復の時間をロスしないために、それぞれの集 会に弁当を持参して、それぞれの集会で食べたのであった。福音集会 は多くの場合、夕方に開かれ、いくつかの地方部の集会では、午後の 時間は集会外に出て行っての伝道の貴重な機会として用いられた。 厳密な意味での集会とはいえないものの、これらの機会は、協力して 福音を明かしする機会として信者は受け取っていた。多くの場所では、 信者でない人々を引き付けるため、トラクト(伝道用の簡易パンフレッ ト)が配布されたり、路傍伝道(Open Air Meeting)が行われた。 ----------------------------------------------------------------------- これまでの議論を振り返ってみると、都市部の教会(集会)と地方部の 教会(集会)でのそれぞれの時間配分は次のようなものが多かったこと がわかります。 ■都市部の集会 聖餐式(礼拝) − 昼食 − (学び会) − 伝道用の集会 ■地方部の集会 聖餐式(礼拝) − 昼食 − (都市部の学び会へ参加) − 伝道用の集会 または 聖餐式(礼拝) − 昼食 − 屋外集会など伝道活動 − 伝道用の集会 このようになっている背景には、19世紀中葉では、通勤がそれほど発生してい ないこと(たいていは自宅と勤務地がほぼ徒歩圏)、夜のエンターテイメントが限 られ、人々が暇を持て余していた、という背景の中から出てきた行動パターンの ように思えてなりません。テレビもなく、ラジオもなく、おまけに映画が登場する以 前ですから、人々は自宅で、本が読める人は本を読むか、他人の家に行って話 しこむか、暖炉の前に固まって、無駄話をしながら時間を過ごすしかなかった時 間だけはあふれるほどあった人たちに、福音を語る機会として、日曜日の夜のち ょっとしたイベントとしての伝道用の集会というのは、一つのメリットだったのかも しれません。 |
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