ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

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Facebookにのっていた、集会の問題点を指摘した北米の集会の姉妹からその集会で学んだ人に対する手紙の本文の続きです。

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Coming to themeetings and playing by all the rules is not what keeps people, especiallyyoung people. Why don't we get back to the root of the matter and presentChrist to them? Why must we always harp on the one tune we know that onlydrives them away? Young people are looking for depth and reality, not someonewho knows all the Greek words for a chapter. Young people are looking forolder Christians who care about the soul beneath the head covering theydon and behind the suit and tie they wear. And if things don't change, I don’tknow what the future holds.

Facebook上で、非常に面白い文書を見つけ、日本語に翻訳 or 和訳 or 日本語変換したいと思い、試しに日本語で読めるようにしました。かなり雑な翻訳の続編です。今日は、第6章です。前回から手紙の本文の続きです。内容としては、かなり厳しい表現となっていますが、ある面の事実を示していると思います。


なお、次の記事で、英文も載せておきます。【】で囲った部分は、変換者の意見・コメント・注釈です。

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集会に来て、すべての規則に従うことが、人々をとどめるのではありません。特に若い人々にとっては【そうなっているはず】です。そもそものその方法の起源に戻って、そして、キリストを彼らに提示することを考えないのでしょうか。なぜ、我々が知っている同じことを繰り返して、若い人々を追い出しにかかるのでしょうか。若い人々は、深みと現実感【イエスが実態として存在しておられること、を感じるという意味と思われる】を求めているのであって、その章に出てくるギリシア語の言語をすべて知っている人々を求めているのではないのです。

 

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確かに、ギリシア語やヘブル語を口にすると、集会でメモを取る人の数が突然急速に増えるという奇妙な事実があり、このことは、語り手にとってかなり誘惑になります。しかし、集会で聞くギリシア語についての解説は、どこかで読んできたもの、誰かから聞いたことの焼き直し程度のことが多いので、うーん、どうかなんかなぁ、本当にそう言っていいのかなぁ、と思うこともあります。特にアガペーの解釈とか。もちろん、そうでないこともありますが。今は、個人的にどうしても言語に戻って議論したほうがよい、と思わない限り、そのような方法論は避けています。それよりは、口語訳や文語訳との比較で、オリジナルのテキストの意図を理解してもらうように努めていますけれども。


とはいえ、今は便利になって、ネット上のへブル語辞書もあるし、ギリシア語辞書もあります。英文との対訳とはいえ、主要翻訳については、インターリニアーバイブル(並行訳聖書)があり、以前は、バカ高い金額を支払って買わないといけなかった、Strongさんの索引番号や、それに対応する聖書の語句が出てくるコンコルダンスまで、ネット上で利用できる状況にあるので、素人でも、ギリシア語やヘブルに手を出しやすくなっていることは確かなので、あとは、それを読み解く能力をどのように育てるか、ということの方が重要ではないかなぁ、と思います。そのためには、日本語訳聖書でもよいので、聖書全体を繰り返し読み、また、他の翻訳を見ながら、そもそも神が何を言おうとしておられるのか、ということを読み解く能力の育成、というのが重要だと思うのですが。そして、それが何気ない集会の会話の中で、出てくると一番いいのかなぁ、と思います。
Facebookにのっていた、集会の問題点を指摘した北米の集会の姉妹からその集会で学んだ人に対する手紙の本文の続きです。

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8. MY CHILDREN

I have youngchildren growing up and the future concerns me. But I am telling you now, Iwould rather my children thrive in their spirits and grow in the Lord andbe encouraged and strengthened in their walk with the Lord elsewhere, thanwear a head covering without knowing why they are doing so, or doing it outof the wrong motive to please the brethren than in love and obedience toChrist.


Facebook上で、非常に面白い文書を見つけ、日本語に翻訳 or 和訳 or 日本語変換したいと思い、試しに日本語で読めるようにしました。かなり雑な翻訳の続編です。今日は、第6章です。前回から手紙の本文の続きです。内容としては、かなり厳しい表現となっていますが、ある面の事実を示していると思います。

なお、次の記事で、英文も載せておきます。【】で囲った部分は、変換者の意見・コメント・注釈です。

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私には、幼児期の子供がいますが、その子の将来が私は気になっています。しかし私は、主にあって成長してもらいたいと思いますし、霊的に豊かになってもらいたいと思います。そして、神とともに歩むことにおいて成長し、励ましを受けることのほうが、彼らが被り物をするのかの理由を知らずに、被り物をすることよりも望ましいと思います。【うわぁ、強烈ですねぇ。ただ、個人としては、この姉妹に同感します。】あるいは、集会の信者の方々を喜ばせるためという間違った動機からそのことをするのではなく、キリストに従う、という理由からしてもらいたいのです。


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外見的な形式や行動パターンを守ることや、自分たちの聖書理解を固守するのではなく、自分たちが神と共に歩むことを真剣にわが子には、考えてもらえればなぁ、と思います。そもそも、ブラザレン運動自体は、運動であるため、本来的な書きものになったような基本教義があるわけではありませんし、従って独自の信仰告白、といったものもありません。そもそもは、国教会のがちがちの司教などの一部にみられたのような、支配者然とした高慢ちきさに嫌気がさして、独立していった人たちが始めた運動であったのにもかかわらず、真理を追究しようとした結果、別の形で他の人々をさばくような形となり、どこかで変質してしまったんでしょうねぇ。この姉妹がおかれた集会は。

そういえば、別ブログにmさんからこの姉妹と同じような表現(他の信者の方々を喜ばせる、という信者の行動パターンに関するコメント)を最近いただいたので、そのブログで応答しましたが、この問題、アメリカでも、日本でも、キリスト者2世に結構偏在的にある問題ではないかと。

「教会(集会)よい子ちゃん」「教会(集会)まっすぐ君」の問題ということを、もう少し掘り下げないといけないのかなぁ、といま少し考えています。

Facebookにのっていた、集会の問題点を指摘した北米の集会の姉妹からその集会で学んだ人に対する手紙の本文の続きです。

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However, we young people are growing intolerant of the high horse position assemblies hold towards other believers, and the obvious lack of balance between grace and truth, and I fear we may soon lose more of our young people as a result. We are hoity toity about our Bible knowledge, but often fail inputting the basics into practice. Sometimes I catch a glimpse of the proud Pharisee (an assembly goer) in the temple, praying about how thankful he is that “I do this, and I do that, and I thank God I am not like that,blah, blah, blah.” But in comes a humble, smitten publican (a Baptist or other denomination goer) who will not even lift up his head to heaven, but in the genuineness of his soul prays to God for mercy. It is he who goes away justified, not the Pharisee. You know, we might get a lot of surprises on the other side of eternity, thinking because we were in the assembly and crossed all our t’s and dotted all our i’s, that we were the more spiritual ones. But in fact, we might be some of the greatest losers due to our pride and lack of Christ-like character and care for our young.


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