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Tim GrassのGathering to His Nameの中p.177からブラザレン文化に関する部分、The Emergence of Settled Patterns of Assembly Life and Worship(集会生活と礼拝のパターンの成立)の中のOther Assembly Activities(そのほかの活動)についての記載を紹介しながら、考えてみたいと思います。 --------------------------------------------------- ある面、当たり前のことであるが、1890年代には、これらの週の半ばの集会は聖書の学び会よりも多くの参加者を集めていることに対する苦情が出ている。このことの一部の原因として、ある面事実である半面、あまり適切ではない指摘でもあるのだろうが、自分たちで仕事をしないで、集会で出る食事にありつくために来ている参加者が多いということもあったようである。 --------------------------------------------------- こうなった構造として、初期のキリスト集会は、いわゆる貴族階級に属した長老や執事の人たちであったこと、さらに、それらの責任者の人々が、産業革命の中、劣悪な環境に置かれていた貧しい工場や炭鉱労働者に対する思いから、これらの困窮している人々に対して、集会を通して手を差し伸べようとしたという側面があったためと思います。しかし、生活実態的には、それとあまり変わらない中間層に属する人々が、なぜ、我々の乏しい中から差し出した献金が、まともに働こうとしない人々や当時問題化していたアルコール中毒者の食事のための出費に回されねばならないのか、そのような出費をすることが、本当の教会の望ましい出費と奉仕なのか、という疑問が出たのではないか、と思います。 |
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2011年12月16日
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