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Tim GrassのGathering to His Nameの中pp.181−182からブラザレン文化に関する部分、The Emergence of Settled Patterns of Assembly Life and Worship(集会生活と礼拝のパターンの成立)の中のThe Changing Role Played by Women(女性の役割の変化)についての記載を紹介しながら、考えてみたいと思います。
--------------------------------------------------- John Andersonという方が、次のような記述をしておられます。
John AndersonのAutobiography pp.21−22
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こういうのを見ていると、集会とみなすかどうかでかなり差別的な言辞が飛び交ったのではないか、と推測されます。あくまで推測なので、事実そうであったかどうかは別ですけれども。ただ、Grassが調べたところによると、このRhynie集会は、集会のリストにはないようです。事実上の絶縁状態(破門状態)だったようです。ある面でいうと、イングランドとスコットランドの非常に狭いビクトリア朝時代の時代背景が影響した女性に対する理解がこのようにさせ、そして、それが現在もなお続いているとするならば(そうでないことを希望しますし、大半のキリスト集会は、18世紀英国の歴史的時代の思想による縛りからは解かれているものと確信していますが)、非常に残念なことだなぁ、と思います。
個人的には、女性の適切な範囲での参加はあってしかるべきなのではないかなぁ、と思います。どう考えても、マリヤとマルタとラザロと家庭集会でほのぼのと、談笑しながら話しているイエスの姿があるように思うのですけども、それは私の聖書理解がひずんでいるのかもしれませんね。
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