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中村敏さんの 日本プロテスタント海外宣教史: 乗松雅休から現在まで が新教出版社から出ていますが、今回は、この本の一部を紹介しながら、ブラザレンと福音宣教、とりわけ、海外伝道をめぐる考え方について、考えていきたいと思います。 ----------------------------------------------------------- 1909(明治42)年9月、朝鮮人信徒の捧げ物によって、水原に新しい集会所が与えられた。土地は1朝鮮人信徒がささげ、必要な金銭、物資、労働力のすべても朝鮮の信徒が捧げて完成した。この集会所を拠点として大きな集会がしばしば開かれた。1912年の報告では、水原で400人近い参加者による大集会が開かれた。そしてこの集会のときに49人が洗礼を受けた。洗礼は夕方から始まり、終わったのが真夜中の12時過ぎであった。 同書 p20 ----------------------------------------------------------- 乗松さんが韓国に乗り込んだのが、1896年ですから12年ちょっとで、ここまで大きくなったということは、非常に驚くべきことだと思います。1回で50人弱の洗礼、というのも、すごいと思います。 ところで、集会所の建物を朝鮮半島の信者の総力を挙げて、という側面はあったにせよ自力で立上げていったというのは非常に印象深いです。日本のキリスト集会でも、そういうところは少なくないとは思いますが、外国からの支援を受けて作られた集会の会堂もある程度はあるように思います。 日本では会堂をどう維持するのか、ということをぼちぼち考えないといけないところが出始めているようです。こういう記事を見るにつけ、会堂と会衆、礼拝ということをどう考えるのか、ということを考えさせられてしまいます。 |
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2012年04月23日
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