ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

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中村敏さんの


日本プロテスタント海外宣教史: 乗松雅休から現在まで 


が新教出版社から出ていますが、今回は、この本の一部を紹介しながら、ブラザレンと福音宣教、とりわけ、海外伝道をめぐる考え方について、考えていきたいと思います。

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このプリマス・ブレズレンの教えは、1888(明治21)年にイギリス人宣教師(H・G・ブランドによって日本に伝えられた。ブランドはケンブリッジ大学に在学中にプリマス・ブレズレンの信仰に入り、卒業後単身で日本に伝道のためにやってきた。教派主義を否定し、聖書の教える純粋な教会の在り方を解くブランドに共鳴した諸教会(とくに日本キリスト教会・日本橋教会)の信徒たちが次々と自分の教会を脱会し、ブランドのもとに加わった。そのために当時日本の教会でプリマス・ブレズレンというと、「教会荒らし」の代名詞のように用いられた。

この時明治学院の神学生であった乗松は日本橋教会で奉仕しており、事情で休職していた牧師に代わって、ブランドのもとに走った人々を説得する立場であった。(中略)乗松もプリマス・ブレズレンの群れに身を投じることとなった。こののち彼は明治学院を中退し、以後日本各地で直接伝道の生活を送り、彼を通して多くの人々が信仰に導かれる。

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しかし、確かにこの時代から、各地の既存教会の信者さんの切り崩しに近いことをしていたんだなぁ、と改めて思いました。その意味で、なんとなく、今のJWのグループとよく似ている雰囲気が漂います。

ま、単身身軽に伝道に出て、組織からの支援を期待しない、Faith Missionを地で行く感じですが、これもさすが、キリスト教界のゲリラ部隊みたいな側面があるプリマス・ブレズレンだなぁ、と思います。

脱会した信者さんを説得する乗松が、説得されてしまったのは、ミイラ取りがミイラになったような感じですが、日本国内でも伝道活動を熱心にしていたようです。同信会さんのサイトには、このあたりの伝道活動の記録がきちんと載っていますが、旅館を借りたり、路傍で伝道していたようです。行き交う街の人々に呼びかけながら伝道する、という伝道の方法が、伝道のための主要なメディアだったようです。

現在でも、伊勢崎のあたりのキリスト集会の関係者が、年に1回か2回程度、東京都内での路傍伝道をするイベントをしておられるようです。ちなみに、私はビラ配りをしたことがありますが、行き交う人相手に伝道した経験はないです。はい。 


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