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連休期間中でしたので、1週間お休みをいただきましたが、本日からまた再開させていただきます。
中村敏さんの 日本プロテスタント海外宣教史: 乗松雅休から現在まで が新教出版社から出ていますが、今回は、この本の一部を紹介しながら、ブラザレンと福音宣教、とりわけ、海外伝道をめぐる考え方について、考えていきたいと思います。 ----------------------------------------------------------- (熱河での)プロテスタント宣教は、1872年以来イギリスの3つの長老教会のミッションが着手した。1897年にはプリマス・ブレズレンの宣教師が宣教を開始し、まもなく前記の長老教会から熱河省における伝道をすべて委譲された。福井が熱河省に入った1935年には省内の10ヵ所以上にこの群れの教会が存在し、23人の宣教師と数百人の信徒がいた。なおプリマス・ブレズレンは本書1章で取り上げた乗松雅休が所属した群れであり、中国では「弟兄会」と呼ばれた。後にこの群れは、東亜伝道会の教会と合同した。 同書 pp. 130-131. ----------------------------------------------------------- うえに示したような表現がありますが、現在調査できた範囲では以下のような記述を見つけることができました。 The first missionary to arrive in China was Mr. R.Stephens, who began in 1889 in Shidao in easternmost Shandong. In 1897 Stephens began a new work to thenorth of the Great Wall. Another group commenced missionary activities in Jiangxi in 1889. Tiedemann, R.G. (2009), Reference guide to Christian Missionary Societies in China, p.141, M.E.Sharpe, Inc. Armonk New York 1900年ごろに、中国の内陸に入り込んで伝道していたことを見ることができます。そして、英国系の長老派の開拓のあとを引き受けて、10箇所以上の教会があったものを引き受けたということや、この英文の記述に見る限り、かなりのグループが中国で伝道していることの記述がありました。 こういう記述を見ていると、ブラザレンは、あるいはキリスト集会の人々の伝道熱心さと、ほとんど支援の期待できない中国の内陸部で、このグループの伝道熱心さを見る思いがします。 |
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