ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンと聖書

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ブラザレンの信者の方は、聖書をよく読みます。特に、聖書研究は非常に熱心です。聖書の箇所にいろんなマーカーや色鉛筆で線を引いたりして読んでおられる方も多いようです。

特に、色鉛筆の色を変えて、線を引いておられる方も多く、偉いなぁ、自分には絶対出来ないなぁとおもってしまいます。色とりどりになっている聖書を見てみると、あまりにカラフルで、目が痛くならないのかしら、と思うことがあるのと同時に、1つの聖句といえども、時間とともに、聖書理解の展開とともに、その聖句からえられる理解も変わってくるので、ひとつの色で塗って良いんだろうか、ということも気になります。

あと、もうひとつ気になるのは、これだけ線を引いたら捨てにくくなるだろうなぁ、と思うところがあります。

聖書の用い方は人それぞれですが、それにしてもブラザレンの信者の方は聖書をよく読まれています。

ブラザレンと聖書(9)

昭和50年代の後半以降、新改訳聖書が出てから、一気にこの翻訳に移りはじめます。とは言いながら、新改訳、口語訳、文語訳の並存状態が続きます。60年代まで、この傾向は続きます。

新改訳は、大正改訳の後継訳であることと正確な翻訳を目指したといっていますが、福音派としての聖書であろうということを目指したために、福音派の聖書理解を色濃く落とした訳となります。ブラザレンは、もともと福音派と親和性が非常に強いので、この翻訳に写るのは時間の問題といえたでしょう。

ただ、既存の口語訳を利用になっている方々からすると、なぜ、聖書を移行しないといけないのか、というようなこともあり、正式訳化するまで、各教会(集会)でいろいろと議論があったようです。ただ、引きやすさの点で、圧倒的であったので、福音宣教という名目から、新改訳に移行していきます。

現在、ハンセン氏病の訳語問題と差別用語の除去、一部の翻訳の修正を行った第3版が出ていますが、基本、同じ聖書なので、なかなか移行は進んでいきません。すでに、第3版しか入手不能になっているので、聖書の耐用年数が経過した5年後以降に移行するものと思います。

個人的には、同じ聖書を読み続けると(特に線を入れたり書き込みを入れたりすると)そこばかりの聖句に目が行ってしまい、より豊かな聖書理解の妨げになることもあるので、2−3年に1度は、聖書を変えることにしていますが、普通の信者の方の平均耐用年数は、多分10年以上あるように思います。

ブラザレンと聖書(8)

最近では、あまり使われることがなくなったリビングバイブルという超口語訳聖書(というよりは翻訳者の主観がたっぷり入った聖書)が出版されたことがあります。聖書というよりは聖書物語に近い翻訳だったように思います。格調にかけるということと、正確性にかけるということで、多用はされませんでしたが、70年代らしい現象だったように思います。

日本の聖書書店で、リビングバイブルを見ることは少ないですが、アメリカでは結構あちこちの聖書書店で出ているみたいですね。

ブラザレンでも、ためしに読んでみる方も居られたようですが、正式聖書としては、絶対に正式採用されることはないタイプの聖書だったように思います。基本、ブラザレンは、機械類やハイテクの採用に関しては比較的先進的なのですが、それ以外の文化志向に関しては、非常にクラッシックな文化や伝統志向なので、リビングバイブルが採用されることはそもそも論外だったといえるでしょう。

ブラザレンと聖書(7)

日本のブラザレンの教会(集会)では、長らく文語訳聖書が用いられてきました。事実上、これしかなかったからです。しかし、日本語としていかんせん古く、一般的な口語からの乖離が大きくなり、結果的に口語訳に移っていきます。

移る最大の原因は、伝道に不便だからと言う理由です。いかに翻訳としてよいと思っていても、慣れ親しんでいたとしても、人々がその意図をうまく取ってくれないのであれば、聖書にいかに忠実だと言っても、そのことの確認を普通の人が取れないことになります。

聖書の翻訳として、文語訳に代わる唯一の訳が口語訳でしたから、口語訳に移るのは当然の選択といえました。

ただ、口語訳、文語訳とも、紙のスペースを最小化するためか、また読み物としての性格を強く見た為か、節ごとの改行となっていなかった為、その場所を参照してもらおうとしたときに、その参照場所を見つけることは容易だとはいいにくいものでした。

欽定訳にしても、さまざまな英訳聖書にしても、最近のバージョンでは、節ごとに改行になっていたこともあり、引きにくいことが問題ではありました。それと同様の問題があったのですが、他に選択肢もなく、新改訳がでるまで、口語訳聖書が使われ続けられました。翻訳としての大きな問題はなかった訳ではなかったのですが、当時の口語訳聖書は使い勝手の点で問題があったように思います。新改訳が出た時に、聖書の引きやすさは格段によくなった記憶があります。

私は、この口語訳で聖書の有名な場所を覚えたので、未だにこの訳のほうがなじみはあったりします。特に、詩篇や暗誦はこの口語訳で覚えたので。

ブラザレンと聖書(6)

初期のブラザレンの代表的人物の一人であるジョン・ネルソン・ダービーはギリシア語、ヘブル語だけでなく、フランス語、ドイツ語、イタリア語といろんな言語に秀でた人物だったようです。

彼自身がユニークなのは、聖書の独自訳をフランス語やイタリア語でしていったところです。独自訳をしていったところが、やはり、啓蒙時代人だなぁ、という気がします。印刷技術が普及し、そして自分たちで出版が自由にできる中で、自分たちの聖書理解に基づき訳し直していく、というところはユニークだと思います。

どんな名訳であろうとも、ある程度バイアスがかかっているのは仕方ないので、独自訳を試みて見るほど、聖書の翻訳にこだわりがあるということでしょう。特に、ラテン語圏では、ほとんどラテン語でかかれたウルガタ版聖書(カトリックにおいて長らく聖書の定本であった聖書)の地位が高く、それぞれの言語がラテン語と親和性が高いために、ウルガタ版に見られる諸問題を避けようとしたからかもしれません。

プロテスタントは、聖書をそれぞれの普段の社会で使われる言語に訳すところから始まりました。ブラザレンも、プロテスタントの中のプロテスタントと呼ばれることもあり、この辺の聖書の翻訳へのこだわりがここにも現れているようです。

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