ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンと聖書

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ブラザレンと聖書(5)

戦前、戦後ブラザレンは文語訳聖書(大正改訳聖書)を使ってきました。基本的によくできた翻訳であったこと、他に選択肢がなかったということ、手に入りやすい聖書であったことから、この翻訳の聖書がブラザレンの中でも普及していました。長く伝統的に活動してきた集会では長く使われた聖書ということであり、それだけに権威性が出やすくなっていったということは否めないと思います。

自分たちが長く使った、伝統的に利用されてきた、多くの信者から支持されている、従って『正しい』聖書の約であるという無言の前提が置かれやすい環境が生まれることになります。

いまだに、年長の信者では、文語訳聖書に対する思い入れが強く(さすがにそういう世代の方も少なくなりましたが)、特に主という語が、エホヴァと書かれていたこともあり、その思いが強かったようです。その点で、この版は、エホヴァの証人がこだわった版でもあり、いくつかの問題が付きまとう翻訳でもあったことは事実です。

あと、活字が大きかったのも、大きいかもしれません。印刷技術が十分でない時代に出版された本だけに、活字はやたらと大きかった気がします。昭和40年代くらいまで、利用されたようですし、個人的な聖書研究では、昭和60年代まで、あるいは現在まで利用されていると思います。

ブラザレンと聖書(4)

日本のブラザレンの日本語訳聖書利用史は、プロテスタントの福音派、あるいはきよめ派と同様で、

文語訳聖書(戦前から昭和30年代まで、一部50年代初頭まで)
口語訳聖書(昭和30年代から昭和50年代まで、一部昭和60年代まで)
新改訳聖書(昭和50年代から現在まで)

といった感じです。

採用や移行に至る経緯については、また、別途改めて、記載していきたいと思います。

ブラザレンと聖書(3)

英米のブラザレンが主に用いる聖書は、欽定訳ですが、時には、英語の読みやすさからNIVを進めている信者もいます。

英訳聖書の中でも、ブラザレンの神学が色濃く反映し、福音派に大きな影響を与えた聖書に、欽定訳に注釈をつけたスコフィールド版聖書があります。この聖書は、ジョン・ネルソン・ダービーの神学解釈である時代区分説やブラザレン独自が持つ神学的立場が色濃く反映されたコメントが加えられているとされています。

手元に現物がないので、なんとも言いかねますが、聖書と一緒にコメントを見ることで、それで聖書を読んだ気になる、あるいは理解した気にさせてしまう、という意味で、便利なもの特有の非常に便利な部分(誰もが聖書理解の助けを得られる)とそれがもたらすデメリット(ある聖書理解に偏ってしまう)が両方あって、なかなかつらい部分だろうと思います。

今みたいに、多くの聖書の翻訳があるわけでなく、注解書が普通の家や普通の教会にあるわけでなく、聖書理解を自分でできるこのスコフィールド版は非常に便利なものであったようです。

ブラザレンと聖書(2)

ブラザレンの信者にとって、聖書は非常に重要です。なぜならば、聖書に忠実であろうとするからです。聖書に忠実であろうとするのですが、多くの人々がヘブル語が読めるわけでもなく、ギリシア語が読めるわけでもなく、多くの人々にヘブル語やギリシア語で語っても、聖書が伝えようとする神の存在と神の個人への関心について、わかりやすく話せるわけでもないために、翻訳の聖書を使わざるを得ないというジレンマがあります。

という事で、聖書の翻訳の良し悪しがきわめて重要になりますし、聖書の翻訳の妥当性ということが当然課題になります。

しかし、聖書であろうと翻訳は翻訳なので、そこにどうしても翻訳者の聖書についての理解が入り込んでしまいます。また、翻訳者の言語感覚も、翻訳である以上、入り込んできます。いくつかの聖書の部分について、この翻訳の良し悪しが議論されてしまいます。

しかし、聖書学者ではない信者の言語感覚にあうかどうかで、翻訳を云々するのはどうかな、という気がしますが、それくらい聖書に忠実であろうとするグループであることは、高く評価してもよいと思います。

ブラザレンと聖書(1)

アメリカのブラザレンでは、基本的に欽定訳が用いられています。この伝統は、国教会以来の伝統かもしれません。もちろん、欽定訳ことKing James Versionは多くの英語圏の教会でも使われていますが、さすがに訳自体が古く、現代英語と大きくかけ離れている為に、一種独特の雰囲気があります。

しかし、ブラザレンでは、この英訳が定本として使われている為に、この訳から導かれた聖書理解が正しい聖書理解であると言う誤解に近い理解があります。もちろん、ギリシア語を学んだ信者が少ないこと、また、聖書学校や神学校で学んだ教役者が少ないこともあるのですが、そもそも,ほかの英訳をより劣った翻訳とみなすことが多いことにもあるように思います。

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