ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンとカンファレンス

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今日は、おそらく日本の各地、といっても東京と北関東、関西の3箇所程度で、関係の深い教会に連絡してのカンファレンスが開催されていたと思います。もう少し開かれているかな。リサーチ不足ですみません。

はい、私も、こんなブログを開設しているので、参与観察の機会として、久しぶりに参加しました。今日参加したカンファレンスは学び会というよりは、伝道者の証し会(報告会)、といった雰囲気でしたね。内容についてのコメントは、秘密。どこに参加したか、ですが、大阪近郊の市で開かれていた(答えを行ったに近い)カンファレンスに行きました。いまどきのカンファレンスは、子守の子供学級付だったなぁ。私たちのときにはそんな行き届いたサービスはなかったので、会場近辺で遊んでいたことを思い出してしまった。

でも、ほとんど、同窓会のりでしたねぇ。関係の深い信者の皆さん、どっかであった信者の皆さんと再会する日だったのかなぁ。これもまた、カンファレンスの役割かもねぇ。

しかし、関東から来ていた方がいたのには驚いちゃいました。

ブラザレンのカンファレンスでは、信者の成長を目指した学びが中心となりますが、基本的に信仰生活や教会運営のようなテーマが取り上げられることがおおいように思います。

ブラザレンには、神学校出身、他の教会の経験を持ってブラザレンにもどってっ来る人々などは、非常に限られていました。しかしながら、これらの経験をお持ちの方も最近少しづつ増えてきました。しかし、一方で、ブラザレンのある教会で救われ、そこで育ち、そこの経験しかない信者の方々が大半です。

 言い方は悪いですが、一種ブラザレン純粋培養された信者の方が大半なので、教会を継続的に運営し、維持していくためにはこのような学びがどうしても必要であるという側面があるように思います。しかし、それも体験論から導出された概念やある個人の聖書理解の範疇をでない場合が少なからずあるので、いろいろな聖書を総合的に読んで、一般化して構想されたもの、というような印象が薄いことも否めません。

私も、学生のころ、東京都内で開かれたカンファレンス(大会)に出席し、うーん、なんだかなぁ、もうちょっと何とかして欲しいなぁ、と思ったことがあり、それ以来カンファレンスからは距離を置くようになっているのも事実です。

それと、これまでカンファレンスは成人式周辺の時期に開催されることが多く、その時期には本業の仕事が入ることが多かったので、参加しにくかった、という側面もありますが。

カンファレンスの内容は、基本的に聖書の学び会と、一堂に会して交わる交わり会という側面があるのですが、そのおもな内容は、聖書の学び会という側面です。

聖書の学び会の内容は、基本的に信者の成長などに有益な内容ということになります。これも、担当する教会(集会)が決めることが多いので、ブラザレン全体で相談して決めているということはありません。かなり、多様性に飛んでいるということがあります。

関東地方では、複数の大会が開かれるので、そのテーマや話し手を見て、興味のあるほうを選ぶことが出来るという特徴があります。

ただ、この大会の情報も、誰かが一元管理しているということはないので、手紙を中心として送られる情報だけが便りというところがあります。どの教会(集会)に案内を出すかは、開催教会(集会)が決定権を持っているので、ブラザレンであれば、全部の信者がどこでどのような大会が開かれるのか、ということをすべて知っているとは限りません。

ブラザレン自体、その意味でも独立性が強いといえるのかもしれません。

また、このような大会が今後も続くのかどうか、ひとつの曲がり角に来ているように思います。

日本のブラザレンでの大会(カンファレンス)は、以前は全国の主要な教会(伝統ある集会)が持ち回りですることが多く、各地で開かれました。30年以上前は、持ち回りでしていたようですが、ある時期から持ち回りではなく、東京に集約する形で開催されるようになりました。

これは、人数も増えてきたので、全国から信者を集めるとなると交通の便がよいこと、宿泊施設がとりやすいことから東京での開催がもっとも合理的になってきたということもあるようです。

全国から人が集まり、学びをすることで、普段は聞けないような他の教会(集会)の伝道者や信者の学びを聞くことが出来たり、他の教会(集会)の信者を目で見て確認することで、自分たちだけでない、横の連帯を確認することが出来る数少ない機会となります。

ただ、人数的にも増えてきたこと、教会(集会)のあり方と考え方が多様になってきたこともあり、1980年代には、主要なところでいくつかの大会が開かれるようになって来ました。関西、関東などいくつかの地域で独立に始められることになります。

この大会という制度は、旅行が一般化したビクトリア朝時代(ビクトリア朝時代は、トーマスクックの時刻表やパッケージ旅行が生まれた時代です)の信者の「健全な」余暇の過ごし方として開催されたという背景があり、単に遊びに行くのではなく、交わりに行くという立派な名目を与えてくれるので、旅行して楽しむ、ということに関する罪意識を感じなくてもすむというのがあったのかもしれません。

日本のブラザレンにとって、1月は特別の意味を持ちます。各地のブラザレンがカンファレンス(信徒大会)を開く時期です。

ブラザレンとカンファレンス(大会)ですが、その歴史はかなり古く、連接型(エクスクルーシブ)ブラザレンと独立型(オープン)ブラザレンが分離する以前から、カンファレンスは開かれていました。

カンファレンスは、信者の信仰理解を深めると同時に、信者間の交流を通して、普段交流のない教会間の交流と信者間の交流を保障する機会となっています。

最初のころは、カンファレンスでの話しては指定されていない為に、いろいろな人が不適切な議論をしたり、まとまりのないものになったりということもあったため、その後、テーマが定められ、そのテーマに沿って話し手が選ばれるという構造が英国で始まり、日本のブラザレンにおいても、この方法が踏襲されています。

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