ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンと福音宣教

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ブラザレンと福音宣教の方法のひとつ(もちろん、ブラザレンだけではありませんが)に、映画伝道があります。

最近は、内容的にも、映像的にも古くなったので、使われませんが、よく使われていたのがある聖書学院監修の科学映画でした。それから、塩狩峠でしょうか。ベンハーなんかもしていました。後、いくつかありましたね、パットブーンの自伝映画とか。

昭和40年代後半とか昭和50年代までは、映画会をしただけで、人が集まってくる時代でしたが、家庭のテレビの普及、ヴィデオデッキ、DVDの普及もあり、映画会では、あまり人が集まらなくなりました。

当時の上映は、16mmフィルムを、クリスチャン関係の映像貸し出しをしてくれる業者から、フィルムの貸し出しと映写機の貸し出しを受け、それを上映するという形で上映されることが多かったです。

しかし、最近では、上映にふさわしい映画が少ない(限られる)こともあり、家庭でのビデオなどの普及もあり、映画伝道ということが次第におこなわれなくなりつつあります。

最近はしなくなりましたが、戦後すぐの頃は道路沿いの空き地を一時的に借りての天幕伝道という伝道方法がとられました。

天幕伝道とは、空き地というのかオープンスペースを一時的に借りて、大きなテントをたて、そこに多くの人を集めてお話しを中心とした方法で福音を伝道するという方法です。たいていの場合、特別の話し手(メッセンジャー)が呼ばれることが多かったようです。

日本では、この伝道方法はさすがに見なくなりましたが(というよりはそのような空き地がないので、そして、そのようなことをしても人が集まらないので、というのが正直なところでしょうが)、イギリスでは現在もなお取り組まれているようです。

以前は、生活時間に余裕があり、このような伝道方法で人が多く集まったようですが、日本では、このような方法では、なかなか人が集まるのは困難だろうと思います。

多分、この天幕伝道は、サーカスなどの移動上演との関係があり、一時的な興行としての楽しみ、という側面があったように思います。それだけ、社会が安定的というのか停滞、あるいは閉塞していて、ちょっとのことでも違いがあると、人が集まる、という側面があったために生み出された方法ではないか、と思ってしまいます。

戦後のブラザレンの福音宣教の方法は、ラジオ伝道でした。アメリカからこられたバットさんという方が、その責任を長らく取っておられました。

最初は南海放送から、その後ラジオ関西から放送が流されることになり、日本全国で放送が聴かれたようです。その中で、石浜さんやいろんな方が福音を語り、日本国中だけでなく、フィリピン、台湾などからもリスナーの反応があったようです。

戦後すぐAMラジオによる伝道というのは、当時のハイテクだったのかもしれません。

ここんところ、本業で出歩いていることに加えて、仕事がいくつか同時に重なってしまったので、ブログの更新が遅れました。ご心配をおかけした皆さんに心からお詫び申し上げます。いてくだされば、の話ですが。

さて、ブラザレンという、組織を作らない草の根運動的な信者のグループがどう増えていったか、ということです。戦前は、集会といっても成立していたのは、東京・大阪・神戸と3箇所しかなかったわけです。伝道方法は、家庭集会という形で、信者の家庭をキーにしながら、展開していくパターンと、文書伝道やラジオ伝道という形で、救われる人が起こされた地域に誰か信者が入っていく開拓伝道という形で、拡がっていくのが典型的でした。

基本は、開拓伝道です。誰もいない地域に孤独に入っていくのだから、これまた大変ですが、そこは熱心であること、また、時代の背景や神の恵みの賜物というのか、不思議な方法で、神と出会う人たちが増え、そして、ぽつぽつと信者が増えていきます。

現在では、国内に120-130程度の教会(集会)が北は北海道から南は沖縄まで、全国に広がっています。とはいえ、全国に緊密にあるわけではなく、ブラザレンの教会(集会)のない地域もあります。集会のない都道府県は、比較的関西以西に多く、鳥取や熊本など、集会の存在が確認されていない地域もあります。

ブラザレンの特徴は、福音宣教への熱心さです。このことに驚いて、他のキリスト教のグループから移籍される信者の方もイギリスでも日本でもあったようです。

また、講壇が信者に完全に公開されている(ある面で、よい点でもあるけれども、ある面で不都合な場合もある)ために、信者一人一人が積極的に参加できる雰囲気があります。一人一人の信者が積極的に参加できるということの背景には、信者による積極的な聖書研究によってバックアップされています。

このあたりの一体感、福音宣教の熱心さは美点でもありますが、時にバランスを欠き、行き過ぎる人々もあり、福音宣教のためという大義名分の下、ちょっと行き過ぎた主張をされる方も時々現れることもあり、このあたりの調整をどう図るのか、というところが重要だと思います。

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