|
ある面、ブラザレンは、国教会への分離運動、あるいは国教会離脱した信徒の受け皿組織、という側面があります。その意味で、ブラザレン運動が始まってから当初の数十年間は、国教会が via media の結果、何でもありと批判されかねない部分を持つ以上に、いろいろな人が寄せ集まったような坩堝のような状態だった時期、というのがあると思います。ということは、政治的にも、秩序や権威を重視するようなグループ(ダービーさんとそのお友達、エクスクルーシブ・ブラザレンに分類されることが多い人々)もあれば、反対に、聖霊による自由や弱者への救済の視点をもったグループ(クローニンさんやミューラーんさんのお友達、オープン・ブラザレンに分類されることが多い人々)もあれば、という状態なので、実に多様なのだろうと思います。 |
ブラザレンの政治的志向性
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
前にも触れたかとは思いますが、ブラザレン運動が出発したのは、1840年代、まさしく世は空想的社会主義の萌芽が見られるといってよい時代であることも忘れてはなりません。 |
|
とはいえ、もう一度ブラザレンを歴史的に大きな目で見直してみると、集会の民主化運動(講壇を独占していた聖職者への反対運動)という側面もあり、ジョージ・ミューラーの孤児院の経営などは、どちらかというとかなりリベラルな運動(宗教左派というのもなぁ)でもあるし、ブラザレンの出発点となった立場には、産業革命を経過したイギリス社会で、飼うもののない羊のようにさまよっているな底辺の人々への暖かいまなざしは確実にあったからです。 |
|
ブラザレンが、生活パターンが保守的であり、考え方自体が保守的である、というお話を昨日書きました。ある面で、宗教的右派とつながっている印象を与えている、という部分は否定できないと思います。日本のブラザレンを考えたとき、実際は、かなりまだらだとは思うのですが。 |
|
お知り合いの方(関西支局長)から、民主党の支持基盤の一つであるSojournersの指導者のジム・ウォリスがブラザレンの家庭で育てられたことを教えられました。調べてみたら、本当にそうでしたね。 |
全1ページ
[1]



