ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

サンタバーバラの教会で

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サンタ・バーバラにいたときのコミュニティチャーチで

二人のジュニア・パスターが共同で牧会にあたって

いたことは、前にお話ししましたが、その選考過程で

信者全体が候補者とフランクにじっくりと話し合う機

会を持っていました。会衆が納得するまで、候補者と

話し合い、そのうえで、投票という形で決めていまし

た。

その意味で、割とドライな関係にあるんだなぁ、会

衆が教会の中心で、牧会者を選択しているんだなぁ、

と深く感じました。

牧会者は、教理面での必要を満たすだけでなく、

さまざまな人々を教会活動に取り込んでいくこころ

みを主に担当しながら、会堂の管理や将来の活動

へのアドバイス(指導ではなく、アドバイス)をする

存在に徹しておられたのが、印象的でした。

一応、このシリーズは、ここまでにしておきたい

と思います。

次回からは、またブラザレン研究のシリーズに

戻したいと思います。

サンタ・バーバラには、いくつか大学があって、特にやや

遠いところからも学生を招く、ということもあり、Westmont

Collageというところの学生を中心に誘っていたようです。

最初は何人かの人たちが自家用車で迎えに行っていた

ようですが、それでは効率が悪いということで、中古のバ

スを購入し、それで迎えに行くようにしていたようです。

20-30人くらいの学生が来ていたようです。ただ、迎え

に行っていた人たちの話によると、学生は気まぐれで、

来たり来なかったりするので、どうなんかなぁ、と思うよ

うなところもあったりしたようです。

洋の東西を問わず、大学生という存在は、「風は思い

のまま吹き」といった雰囲気があり、外部の人からは対

応が難しい、ちょっと外からは扱いにくい存在のようです。

自分が学生だった頃を考えても、そうかなぁ、と思うとこ

ろは多いですが。

この教会の近くのサンタバーバラ市立大学にいる学

生さんは、近いこともあり、しょっちゅう自分で来ていた

ようです。ときには、UCSBの学生も来ていましたが。


2人のジュニア・パスターを置きながら、最初はお二人のパスターが交代でお話

の担当するスタイルでの牧会の努力がされていました。とはいいながら、次第に

ドン・シェーファーさんが一般的な教役を担い、ルイ・ドミンゲスさんが本来の彼の

目的であったヒスパニック系住民への伝道活動とかマルチカルチュラル環境下で

の伝道活動ということに動き始めました。

手始めは、キッズクラブです。週に一回、メキシコ系(ヒスパニック)住民対象の子

ども達を対象にした活動が始まりました。公立学校が終了した後の活動として、

このキッズクラブが始まりました。工作をしたり、お話をしたり、ゲームをしたりという

事で、いろんな取り組みをして、教会に来ること関する抵抗感をなくすことから始ま

ったようです。自分の家が、カトリックだからといってそれが主体的な選択でないの

であれば、必ずしも本当の信仰とは限らないこと、聖書を読みながら、神と出会うこ

との大切さを教えるようなプログラムをしていました。

何回か、そのような子供向けイベントをした後、後で両親を招いて、タコス・パー

ティ(メキシカンフード)で両親の心を動かし、両親にも教会に来てもらうことを試み

るようなイベントを開催しながら、聖書の話しをする機会を持っていました。そして、

教会に来るように案内していました。なかなかすぐには実を結ばなかったようです

が、地道な活動として、続いていました。

ルイ・ドミンゲスさんは、もともと、多文化環境下の中での伝道ということを考えて

いたらしく、そのようなことから、カリフォルニアを選択されたようです。このマルチ

カルチュラルな伝道を考える牧会者の全国組織でも活動をしておられたようです。

お孫さんがいらっしゃり、もうすぐ引退かなぁ、と思うような年齢の方でしたが、

非常にエネルギッシュな方でもありました。

サンタバーバラの教会に行っている時に、フィリピンから帰国

した宣教師が、現地の様子を報告するとともに、サポートを感

謝するというような簡単な報告会がありました。ショアライン・

コミュニティ・チャーチだけが、支援していたのではなく、複数

の教会から支援を受けていた宣教師であったようだ。

ある程度一定の支援を定期的にしていたらしく、宣教結果

の報告ということもあり報告にこられたようです。比較的治安

が安定して地域であるというものの、フィリピンという文化的

に違う社会の中での宣教の難しさ、ということを話しておられ

ました。


こういう複数の教会による緩やかな支援の連携、と言うよ

うな自由なサポートの仕方は良いなぁと思いました。

他にも、何人かの宣教師に支援をしているようでした。各

スモールグループ単位でも支援をしていたようです。私たち

のグループでは、ロシアに行っている宣教師を支援していて、

クリスマスとかサンクスギビングのときに、資金援助と大量

の物資(アメリカ人の好きなビーフジャーキーとかグミキャン

ディ、聖書関係の書籍やチリなどの缶詰の食糧)を支援し

たことを思い出しました。ちなみに私の担当は、ビーフ・

ジャーキーだったので、トレダージョー

(http://www.traderjoes.com/)の近くのお店に行って、輸

出可能なビーフ・ジャーキーを買って持っていったことを

思い出しました。

こういった気軽な支援、ということも大事かなぁ、と思い

ます。

私が参加し始めたころ、サンタバーバラのショアライン・コミュニティ・チャーチ

には、ルイドミンゲスさんが次席パスター(Junior Pastor)お一人だったので

すが、そのうち、今ショアライン・コミュニティ・チャーチのシニアパスター[主席

牧師]をしておられるドン・シェーファーさんという方が、加わられることになり

ました。最初は、とりあえずお試のような感じで、何度かお話をしておられまし

たが、10月ごろに、公式にジュニア・パスターになるから、という案内があり、

その後、二人でシニア・パスターとなるからということになりました。

この選出に関しても、いろんなプロセスが行われていたようです。私は一時

的な参加者だったのでよくわからなかったのですが、責任者の長老クラスの

人たちは、シニアパスターの候補者一人一人について、何本も説教のテープ

を聞いたり、以前牧師を務めていた教会に問い合わせたり、ということでかな

り綿密な調査をしたうえで、話をすすめていたようです。

ただ、ドン・シェーファーさんの話は面白かったのですが、ルイ・ドミンゲスさん

(もともとスペイン語系の方なので、英語はのちに学んだ言葉らしいです)に比

べ若いのと、ネイティブ・スピーカーなので、若干話のスピードが早くちょっとわ

かりにくかったり、アメリカ文化にとっぷりと使った人たちにその知識(といっても、

有名な商品のCMやテレビ番組をネタにした笑いなど)を前提に話をするので、ち

ょっと外国人としては、つらかったです。

講壇に立たせているといっても、実質的には、実技試験的な要素もあったらし

く、その状況を見て、ジュニア・パスターとして仕事をしてもらうか、といったような

ことの検討材料として話をしてもらっていた、ということを後になって聞きました。

このダン・シェーファーという牧師さんは、リーダース・ダイジェストに投稿もする

ような人だったようなので、アメリカ文化にどっぷりつかった現地のアメリカ人に

は話が面白いということで、えらい評価が高かったことを記憶しています。外国

人の私には、その半分もおもしろさが分からなかったので、ちょっと残念な思い

をしていました。

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