ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンと預言理解

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キリストの千年王国での支配の性質についてBassの本の43-45

ページの議論を要約するとこんな感じかもしれません。

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 ディスペンセーション主義は千年王国の理解に関する議論

と関係しているといってよいであろう。千年王国についての

ディスペンセーションでの理解が特殊であり、千年王国その

ものをユダヤ的なものとして考えるところにディスペンセーシ

ョン論の特徴がある。ディスペンセーション説では、(要約者

注:言葉通りの解釈から)千年王国では、旧約聖書の預言が文字

通り実現すると考えられている。ただ、千年王国への教会や

キリスト者の関与は明白ではなく、諸説がある。特徴的なこ

とは十字架の位置づけである。千年王国と十字架についての

関連についての理解はディスペンセーション説では困難になる。

なぜなら、ディスペンセーション説では、ユダヤ王国の回復が

想定されるため、旧約時代と同様の律法に定められた罪のための

犠牲のいけにえが捧げられることとなり、律法に指示されている

神殿での犠牲と贖いの死であるキリストの十字架の死を覚えるこ

との関連性が分かりにくくなるからである。律法が支配する王国

においては、王国の福音がイスラエル人に受け入れられるのであ

り、イエスの十字架の死に深い関与を持つ恵の福音ではないから

である。この結果、ディスペンセーション説の中でも十字架上の

死が千年王国内でどのような意味を持つかについては、諸説あり、

この説の中での一致した見解は成立していない。

 これに比べ伝統的な理解では、千年王国では、教会(集合的な

キリスト信者群)がキリストともに千年王国のなかで支配するの

であり、イスラエルはその中で特別な位置付けを持ち、千年王国

は、キリストの十字架上での死によって生まれた恵を基礎として

建てられるというものであった。伝統的な理解では、教会(集合

的なキリスト信者群)に強調が置かれている。
 
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この話を書きながら思ったことですが、この預言理解の細部にまつわ

る議論は、類推によるスコラ派風の議論でしかなく、それが行き過ぎ

たときのためのブレーキや加熱した時に冷却するものがないと、議論

が行き過ぎてしまい、収拾がつかず、無意味な論争になりやすいだろ

うなぁ、と思います。 

 この話をもう一度思い巡らせながら、ニュートンとディスペンセーシ
 
ョン説を言い出したJ.N.ダービーの対立を復習してみると、両者の議論

の中心テーマは詩篇の解釈に関するニュートンの説教の中での、キリス

トの人間性の強調だったわけです。この強調がおかれたことを、ダービ

ーは結果的に非常に問題視し、当初は仲良くやっていた二人が仲たがい

することになっていきました。この結果、本来一致を目指したブラザレン

運動が二分し、そのなかで、ダービー・グループが孤立の度合いを深めて

いったことの背景には、このような類推部分の解釈や解釈へのこだわりに

あるのではないか、と思います。孤立の度合いを深めていったダービーに

影響を受けたウォッチマン・ニー、その影響を受けて変質していった後継

者のグループなどの孤立主義の出発点は、不明確なことを不明確なまま、

であるという保留的な態度を取らず、どの部分でも何らかの解釈可能と

し、そこに類推による何らかの理解を加え、それを聖書の文言を用いて

その類推を何とか可能にしようとする姿勢にあるのかもしれません。

解釈しにくいものは、解釈しにくい、と素直に認めればずいぶん楽に

なるのでは、と思います。

 もともと、この千年王国の位置づけを言い出したダービー自身は、この

考えを可能性として提示しただけで、この考えを正当化しようとは思って

いなかったのではないかと想像しています。ダービー自身、どうにでも取

れるような非常にあいまいな表現を好んだらしく(どれくらいあいまいだ

ったかというと、当時の大英帝国人に語るのにKellyという人物が噛み砕い

て解釈したもの提示しなければならないほどあいまい)、この辺もあいま

いにしたままだったと思います。ダービー自身は、この説が後にここまで

システム化体系化されようとは思っても見なかったのではないか、という

のが私の推測です。まぁ、歴史家に推測はNGなので、これは私の遊びでしか

ありませんが。歴史的事実の解釈の自由度はあっていいと思っています。

 ところで、Bassは伝統的な理解も省みるべきだ、という主張からだとは

思うのですが、やや伝統的な理解から派生した問題であるキリスト教世界

のユダヤ人蔑視的な文化的背景や第三帝国とそれを支持するキリスト教的

背景に伝統的神学が果たした役割などには触れておらず(そもそも、この

Bassの本の問題意識を超える、というところはあるにせよ)その点の理解

も知っておく必要は在ろうかと思います。ちなみに、私自身の現在の考え

方は、どちらかというと、伝統的な千年王国理解に近いものですが、預言

自体象徴的に書かれていて明確なことを言いにくいし、結果として類推の

域を出ない預言理解の細部よりは神の国または、神の福音の問題を現実世

界の中でどう考えるのか、ということに現在私の関心はあります。

艱難について、大艱難時代について、ディスペンセーション説に

ついてのBassの41-42ページを要約すると、こんな感じになるで

しょうか。

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ある艱難(大艱難時代ではなく、複数の艱難がありえるであろう

という意味で、単数形で『ある』ということに強調がある表現に

なっていました)についての粗い表現が、エレミヤ30章、ダニエ

ル12章、マタイ24章、黙示録7章で示されている。艱難自体は、

伝統的に語られてきた千年王国前に携挙があるのではないかとす

る説(前千年王国説)の特徴でもあったが、艱難の目的をどう考え

るのが、ディスペンセーション説以前からある伝統的な議論とデ

ィスペンセーション説とでは大きく異なっている。ディスペンセ

ーション説では、ユダヤ王国との関連で大艱難時代を捉えるが、

伝統的な千年王国前に携挙があるのではないかとする説では、大

艱難時代という議論はなされていない。

 この種の時代区分についての解説図は、Larkin

http://www.larkinestate.com/Charts/chartlist.htmlで見られます)

やBlackstoneなどが書いているが、Beckwithは大艱難時代を以下のよう

に要約している。

 教会が携挙によって地上からとりさられ、その後の7年は、3年半ずつ

に分割される。7年の前半部分は、イスラエルはアンチキリスト(終末

に滅びると想定されている)との契約の中にあり、後半は、アンチキリ

ストに対するサタンの支配と、「ヤコブの困難の時代(time of Jacob's

trouble)」により始まるが、この7年間の艱難時代に王国の福音(原注:

恵の福音ではないことに注意)が述べられ、14400人のイスラエルの残り

のものがえらばれ、この7年後にキリストが王国に戻ってくるときまで艱

難時代を生き残るのである。

 この大艱難時代の考えかたは、ディスペンセイション説のシステム全体

にわたっており、イスラエルと教会の対比がその根底にある。艱難にあう

のがイスラエルである以上、イスラエルの残りのもの(レムナント)が集

められる前に教会が取り除かれることになる。神の人間に対する対応が異

なるとする考え方、つまり、恵と律法を対比して考える考え方が、この艱

難の目的の捕らえ方の考え方の背景にある。


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 私が、子供時代1975年前後に聞いた預言理解の話では、主に話してくれた

方が、石濱義則さんという人だったこともあり、艱難後に再臨があるという

説をよく聞きました。神は哀れみ豊かな人であるので、キリスト者を艱難に

は合わせないであろうという説に立っていたアルバート・デクスターさんも

おられたので、結果としては両論併記なのかなぁ、と受け取っていましたが、

やや石濱さんのほうが話す回数が多かったことと、話し方が面白かったこと

などもあり、艱難にあったら大変だ、という気分だけが子供心に先行してい

たように思います。艱難後再臨説を聞く回数が多かったこともあり、ここで

言っているほど、明確な艱難時代の想定ではなかったように思います。その

意味で、一方の議論だけが幅を利かせている状態ではなく、両論併記状態に

置かれたためか、未だに分からんことは分からんし、預言は実現してみるま

で、実現したところで、本当のところは分からないかもしれないなぁ、とい

う現在の私の預言への理解の原型が、このころに生まれたように思います。

Bassの本では、艱難前の携挙というディスペンセーション説の特徴に

ついて、次のように書いています。

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疑う余地なく、ディスペンセ−ション説を受け入れている人々は

教会の携挙は艱難前であるという考えにたっています。意識してお

られる方は少ないようですが、多くの人々は、教会や信者の携挙

(Rapture)は艱難前であるという立場のようです。伝統的な預言解

釈において、このような考えは見られなかったものです。千年王国

の前に空中携挙があるとする考え方の人々は、キリストは人格的に、

文字通り見える形で、地上に千年王国を確立するために来られるが、

ディスペンセイション説が生まれるまでは、千年王国前に携挙が発

生するという概念はなかったのでした。

 この千年王国前の携挙の理由として、テサロニケ第1の4章16−

17節が引用されることがおおいのですが、この表現と他の表現が

一般的なディスペンセ−ション説と一緒に解釈され、ディスペン

セーション説の前提にあてはめられて初めて、千年王国前の携挙

となるのであり、ディスペンセーション説を外側からあてはめる

ような解釈によってのみ、この説が支持されることになります。


ダービー自身、この説が新しい説であることを著書 The Rapture

of the Saintsの中で認めていまし、ダービー自身、この説が比較

的最近展開された説であることを認めています。Walvoordはその

著書The Rapture Questionでこの説はダービーとプリマスブラザ

レンで支持され考えであり、スコフィールド版聖書で広まってい

ったと説明しています。

アイアンサイドは、ブラザレンの歴史書A Histrical Sketch of the

Brethren Movementの中で、パワースコート預言研究大会についてふ

れる中で「この大会で、教会の携挙の貴重な真理が明らかにされた。

It was in these meetings that the precious truth of the rapture

of the Church was brought to light」と書いています。

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Bassの言いたいことは、分かるような気がします。伝統的な

聖書研究の中には、この考えはなく、ディスペンセーション

説が前提としている内容のなかに、そもそも千年王国の前に

携挙があるという想定があり、それをもとに、それにあては

まるように聖書の表現を寄せ集めたのではないか、それを聖

書を聖書で解釈する、と主張しているのではないか、という

批判です。

このことは、読み込みや先入観を持って聖書を見てしまうこ

との問題を示しているようであり、その点には、自分自身の

聖書の理解がそうなっていないか、ということに常に気をま

わして行かないといけないなぁ、と思います。

 ただ、伝統に縛られる必要もないと思いますが、それを必

要以上に軽視し、無視する必要もないのではないか、と思っ

ています。

 聖書を分割して考察する傾向 ということに関して、Bass

の次のように整理しています。

-----------------------------------------

 聖書を分割して考える際には、人をグループ化して考え、

さらに、特定の聖書の場所は特定の時代の人物に対して語られ

たものだ、つまり、聖書の言葉とそのことばが対応する時代と

人物が一対一対応するという理解となります。

 たとえば、ペンテコステまで教会はなかったことになります

し、福音書は、ユダヤ人に対して語られたものなので、クリス

チャンには直接的に関係がないこととなります。伝統的には

このような考え方は聖書解釈として見られなかったものです。

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 Bassが指摘しているように、このように時代を分けて、

それぞれに対応する形で聖書を読んでいくことは、聖書の部

分的な重視ということにつながりかねません。もちろん、こ

のような考え方は、聖書の読み方として適切なものではない

のではないかと思います。ブラザレンの最近の信者さんの中

でこういう極端な読み方をする人はほとんどいないのですが、

時々、預言に関しては、預言理解をするうえでの対応関係を

想定した上で読みこんでおられる解釈をお聞きすることがあ

ります。同様の読み方は、他の教会でも牧師さんからお聞き

したこともあるので、ディスペンセイション説の影響の大き

さを感ぜずにはおられません。

 さらにこのような読み方をしていくと、特定の時代の関係

者に発せられたメッセージを研究するために聖書を読むとい

う傾向につながりかねず、一種のユダヤ中心思想に彩られた

歴史書として聖書を読むという方向につながりかねないもの

をもっているように思います。聖書が扱っているのは、

主にユダヤ人とその周辺社会の歴史観であって、それ以外の

土地でも基本的に歴史的経過時間であるクロノス(時間的経

過が伴う出来事が発生する時)が存在したわけですから、そ

れはそれとしてとらえていく必要があるとおもいます。聖書

の中には、カイロス(特定の出来事で神の意志と人間が交差す

る瞬間と言うのか時があります。たとえば、信仰をもった瞬

間やある聖書理解が見えてきたとき、カイロスとしてとらえた

ほうがよいとおもいます。それがどれほど小さくても、神と

人とが交わる瞬間であるカイロスはあるように思います。た

とえば、エリヤが荒野で失意におちいっている中で神と出会

ったときや、サムソンが神の前に立ち返った時、ダビデが悔

い改めたとき、これらは結構大きなイベントかもしれません

がこういうカイロスが歴史上も、個人の歴史の上でも起きる

ようにおもうのですが。

 ある特定の時代に完全に分けてしまう読み方は、聖書全

体が発するメッセージを読み間違える可能性が高くなるよう

におもうのですが。

Bassの本の33ページから36ページには、律法と恵の区別と

神の取り扱いの違いについて以下の内容のような言及があ

ります。


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 この問題(律法と恵の区別と多段階の神の取り扱いの

変化)以上にディスペンセイション説の前提となって

いることで否定されるものはないと思われる。多くのデ

ィスペンセイション説に親しんだ牧会者たちは、彼らが

これを信じているとは言わないであろう。

 この法律と恵、イスラエルと教会の差についての前提

条件は、結果として救いの形態がいくつかあることを意

味し、人類が時代によって同じ方法で救われないことを

意味する。

 ディスペンセイション主義者も、神の人類に対する

恵深い行為が向けられていることは納得している。

しかし、神の行為が恵深く人類に向かうということと、

人類が、キリストの死によって示された恵によって救

われると言うこととは異なる。この両者の違いは重要

である。律法と恵の違いがあることは重要であり、こ

の違いは救いの基礎が違うことを意味することになる。

 スコフィールド聖書での救いと恵の違いは以下のよう

に記述されている。(以下Bassの引用の和訳)

 恵は、常に律法の対比における対をなしており、律法

のもとでは、神は人類に正しくあることを求めておられ、

それに比べ、恵においては、神は人類に正しさを与えら

れるのである。律法はモーセとその働きに関係しており、

恵はイエスキリストと信仰に関係している。

 恵の時代は、イエスキリストの死と復活によりはじまり、

試練の視点は、立法への従順ではなく、キリストの復活を

受け入れるか受け入れないかにかかっている。

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Bassのディスペンセイション主義についてのさらに次のよ

うな内容が書かれています。

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 ディスペンセイション主義では、律法と恵は相互に対立

的に働き、合同して働かないことを意味するし、ディスペ

ンセーション(筆者注:時代区分)のコンセプトそのものは、

この律法と恵の違いがあることと深く関係している。ダー

ビー自身、この結論が律法と福音の混同、過去の仕組みま

たは時代区分と現代の混同の誤りがある可能性がある

としながらも、両者の違いを強調している。

----------------------------------------------

このような文章を見ながらかんがえているのですが、イエ

ス自身の発言を見る限り、律法は否定されるべきものでは

ないとしていますし、イエス自身、律法を尊重していたこ

とを考えると、このように切り分けて考える考え方は分か

りやすいものの、単純化に伴う問題、単純化した内容が独

り歩きすることの怖さを感じてしまいます。どうしても、

理屈は理屈の上に重ねていくところがあるので、理屈に理

屈を重ねる前に、オリジナルに戻って素朴に考える努力が

必要かもしれません。

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