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幼児洗礼は、日本のブラザレンでは実施していないのですが、ヘンリー・ナウエンの「差し伸べられる手」三俣 元訳 女子パウロ会 105−106ページに次のような表現があります。 |
ブラザレンと儀式
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都市部では、生活習慣の西洋化が進み、結婚式がキリスト教式(まぁ、これもキリスト教式というところが大爆笑の結婚式ですねぇ。擬似キリスト教式といったほうがいいかもしれませんが)で行われるために、洗礼を受けることに対するある信者とその家族との対立という構図は、以前に比べると少なくなってきていることは確かです。 |
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ブラザレンは、再洗礼派、と分類されることが多いですが、再洗礼という用語は、乳幼児洗礼を前提とし、成人してから個人の信仰自覚により再度、洗礼を受けるという儀式上の点から来ているとおもいます。しかし、実際には、ブラザレンの教会では一回だけ(のことが多い)なので、厳密な意味での再洗礼派ではありません。いわば、成人洗礼派あるいは、個人自覚型洗礼派と行ったほうがいいかもしれません。 |
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日本に入ってきてからのブラザレンは、西洋の歴史や伝統、文化とは独立に活動をはじめましたので、幼児洗礼の問題とは、独立の行動ができたので、幼児洗礼の問題に直面することはありませんでした。 |
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聖霊のバプティスマという考え方が、ペンテコステ派の一部の方々や、第3の波の影響を受けたグループの方々の聖書理解には含まれるようです。しかし、ブラザレンは、伝統的に聖霊のバプティスマに付随するとされる癒しとか異言といったものは使徒時代のもので、現在のものではないとする人々が多数派だと思います。アンケートをとって、正確な統計を取ったわけではないので、なんともいえませんが。 |




