ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

日本の60年代までのブラザレン史

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写真がついていたので、その部分だけ、とりあえず乗せておきます。

印刷の写真で画像解像度がよくない上に、コピーして解像度が落ちているのですが、

何人か特定できる人物がおられました。

私がわかったのは、日本橋の佐野兄、豊川姉、谷島姉です。他の写真の比較推定

から、おそらくそうでないか、と思われる方もおられるのですが、なんともいい難い

ので、そこは触れずにおきます。


写真、というのは、そこにその人がいた、という記録なので、とっても大切だと

思います。

 集会の集合写真というのは、非常に大切なんですね。

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 今回がローアーさんの書かれたものの和訳の最後に

なります。

 この年には、三島と福井での伝道が中止されたことなど

があります。この撤退の背景はよくわかりませんが、しか

し撤退することも、一つの方法ではあろうと思います。

歯を食いしばって頑張る、という方法もあるのでしょうが、

玉砕するよりは、一時的な撤退ということも大切なことだ

と、個人的に思います。

 この前、京都集会の献堂式の音声ファイルを入手したの

ですが、そこでは、和歌山におられた山本さんが京都集会

を立てることを決め、それに三原集会にいる沖見さんがまき

こまれ、そこに、芦屋集会のケアンズさんが協力することに

なり、しばらく、和歌山から沖見さんが、京都まで来たり、

ケアンズさんと沖見さんが京都に定着してからしばらくは、

和歌山まで京都から前泊して手伝いに行ったり、山本さんが

泊まりで京都に来たり、ということで京都の伝道がされた

ようです。
 
 また、コールドウェルさんが青森から通いで函館まで

通っていたのですが、集会がたてられ、北海道での定着

の第一歩が始まったのがこの年です。広島は、このあと

四国中国地方の伝道の核の一つとなっていきます。群馬

県は、伝道が初期の段階から始められたこともあり、非

常に多くの集会が現状で数多くあります。

 1960年代が、ある面で現状の集会の基礎の形状がこの

時期に確立していくことが分かるようです。

 

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1960年
宣教師の到着
R.ケアンズ氏(アイルランド)
グドール夫妻(ニュージーランド)
既存集会   27
既存の内消滅 -2(三島と福井)
新規      6(函館、砺波、郡山、前橋、京都、広島)
-
計      31

コルドウェル夫妻、函館での奉仕を始める。
滝川さん伝道者として推薦される。
山岸さん砺波での伝道を始める。
マカリスタさん郡山での集会を始める。
伝道者の北野さん、前橋で集会を始める。
京都で集会の証が始まる。
ブラウンさん、広島で集会を始める。
コルドウェルさんとピリーさん、結婚する。

1959
MISSIONARY ARRIVALS
MR R. CAIRNS (Ireland)
MR. & MRS. GOODALL (New Zealand)

EXISTING ASSEMBLIES 27
OLD LOST Fukui & Mishima -2
NEW ASSEMBLIES 6
--
TOTAL 31

MR. & MRS. CALDWELL START
ASSEMBLY AT HAKODATE

S.TAKIGAWA COMMENDED AS EVANGELIST
BR. YAMAGISHI STARTS
ASSEMBLY AT TONAMI
MR. & MRS. McALISTER START
ASSEBLY AT KORIYAMA
EVANGELIST KITANO STARTS
ASSEMBLY AT MAEBASHI
ASSEMBLY TESTIMONY
BEGUN AT KYOTO
MR. & MRS. BROWNE START
ASSEMBLY AT HIROSHIMA
S. CALDWELL & M. PIRIE MARRIED

1960年、プロテスタントのキリスト者の証の新しい始まりの年

(横浜での宣教開始から100周年、2009年は、横浜での宣教開始

から150年)には、非常に大きな拡大がみられた。

 コルドウェルさんが結婚した後、函館に移転し、その地での

集会を建て始め、これは最北の島北海道で最初の集会であった。

滝川さんが青森の地での主の働きのために、青森集会から推薦

された。

 盛岡での働きが確立された後、三浦さんが、先進伝道者とし

て盛岡から推薦され、マカリスタさんが郡山で新しい証人とし

て推薦され、移動した。

 北野さんは渋川から、新しい都市の前橋で新しい証をはじめ、

そこで数人の回心者を得た。

 和歌山集会からの兄弟(山本さんと沖見さん?)の支援を得て、

京都集会は集会として集まりをはじめ、数年前からの福音の証

がさらに強められた。

 山岸さんは、王子集会(今の阿倍野集会の前身)から推薦さ

れ、砺波に移転し、その地の信者を立上げた。山岸さんは、そ

の地での伝道説教を何年も前からしており、数人が救われた。

 東京の東北沢集会は、その近隣のところに集会所を建て、そ

の移転先の地名から、経堂集会として知られることとなった。

 ブラウン夫妻は、有名な広島市に焦点を当て、それまで集会

の証がなされてこなかったところで奉仕を始めた。この年は、

男性信者の到着の少なさへの関心があったが、この年は久しぶ

りに、数人の男性の宣教師がやってきた年であった。

証はなおも続く。

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1960, the first year of the new century of Protestant Christian witenss, has
seen quite a remarkable expansion.
After their marriage Mr. and Mrs. Caldwell move to Hakodate to establish
the assembly there, the first on the northern island of Hokkaido. Mr. Takigawa
was commended by the Aomori assembly for the work of the Lord in that area.
After seeing the work we established in Morioka, and Mr. Miura commended
to whole time service from the assembly there, Mr. and Mrs. McAlister moved
to Koriyama to commence a new witness.
Mr. Kitano moved from Shibukawa to start a new testimony in the city of
Maebashi where several had professed conversion.
With assistance from brethren in the Wakayama assembly the Kyoto believers
were able to meet as an assembly and their gospel witness started a few years
previously was furthre strengthened.
Mr. Yamgagishi, commended from the Oji meeting in Okasa, moved to Tonami
to establish the believers there. He had preached there a number of years before
and had seen saveral saved.
The Tokyo Higashi Kitazawa assembly built their hall in an adjoining area
and became known as the Kyodo assembly.
Mr. and Mrs. Browne's move to the famous city of Hiroshima saw the start
of a new testimony in an area completely untouched by assembly witness so far.
It has been good to welcome some more men missonaries this year after a
lapse of four years as far as men were concerned.
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THE LORD WILLING A BEGINING, NOT THE END.

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今日は、1959年の記事です。

集会も25を超え、かなりの集会が開かれています。

今年、たまたまある機会があって、成田さんのお話を

お伺いする機会があったのですが、沼田定着期のター

ナー夫妻との関係を面白おかしく話してくださったこ

とを思い出します。お話をお伺いする限り、この時代

の青年にありがちなマルクス主義や形而上学的な思想

文学への傾倒があるため、ターナーさんが危険を感じ

るほどの状態だったようですが、結果として、ターナ

ーさんが贈った成句がきっかけで、信仰を持たれたも

のの、当時の集会が女子高校生ばかりで、男性信者が

ほとんどいなかったことや、基本的なガイダンスもな

いまま礼拝に参加したため、パブテスマを受けないま

ま、パンと葡萄酒に手を出して、女子高生だったしん

から、変な人と思われたりといった、いろいろなトラ

ブルが起きたことなどを話してくださったことを、こ

の記事を読みながら思い出してしまいました。

 それぞれの集会で、この手のことがあるんでしょう。

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1959年
伝道者の到着
ウィリンガ嬢(アメリカ)
既存集会 23
新規集会 4
     −
計    27
函館で、福音集会始まる
バウマン夫妻、宇都宮で集会を始める。
ターナー夫妻、沼田で集会を始める。
渋川、集会所建設
伊香保でキャンプ始まる(現在の菅平の前身)
横浜で集会始まる
国府で集会始まる
ファーバー姉ウンドルフさんと結婚(集会の関係から離れる)


最も北の島である北海道にこの年、コルドウェルさんが転入

し、ボートで4時間かかる函館で、青森から出かけ福音集会を

始めた。(訳者註:青函トンネルがなかった。)

 バウマンさん(オランダ)は、新しい証をはじめるために宇

都宮に転居し、ターナーさんは、沼田に移転した。

 新しい集会が横浜で始められ、東京のカリーさんが主な責任

を取った。新しい集会が、日本人医師(小川誠さんのお父様の小

川担二さん?)の目覚ましい回心によって国府ではじめられた。

浜松で奉仕していたビショップさんと名古屋のローワーさんの

支援があった。その理由は、国府は両都市の中間点であり、ど

ちらからも便利が良かったからである。
 ベッコンさんにより伊香保でキャンプが行われることにより

新しい試みが行われた。福音キャンプと信者への牧会キャンプ

がこの年から始められた。

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1959
MISSIONARY ARRIVALS
MISS H. WIELENGA (U.S.A.)

EXISTING ASSEMBLIES 23
NEW ASSEMBLIES 4
--
TOTAL 27

HAKODATE GOSPEL MEETING STARTED

MR. & MRS. BOUMAN START
WORK AT UTSUNOMIYA

MR. & MRS. TURNER START
WORK IN NUMATA
SHIBUKAWA HALL BUILT
CAMP STARTED AT IKAHO
ASSEMBLY STARTED AT YOKOHAMA
ASSEMBLY STRATED AT KOH

MISS FABER WEDS P WUNSTORF (Leaves fellowship)


Hokkaido, the most northern island, was entered this year by Mr. Caldwell
starting gospel meeting in Hakodate, working from Aomori which is a four hours'
boat journey distant.
Mr. and Mrs. Bouwman(Holland) moved out to Utsunomiya to start a new
witness and Mr. and Mrs. Turner moved to Numata.
A new assembly was started at Yokohama, Mr. Currie of Tokyo taking the main
responsibility. Also an assembly was started at Koh through the outstanding
conversion of a Japanese doctor. Regular assistance is given by Mr. Bishop of
Hamamatsu and Mr. Lower of Nagoya as Koh is conveniently situated between
the two places.
A new venture was the opening a camp at Ikaho by Mr. and Mrs. Beckon.
Both gospel camps and camps for ministry to believers were commenced this
year.

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今回ご紹介する記録は、1958年の記録ですが、

ラジオ伝道が広がっていることが分かります。

中波は、出力にもよりますが、到達距離が比較

的短くラジオ関西は、長波よりのところの周波

数帯を使っていたこともあり、出力数の割りに

かなり遠方まで届いたようですが、クリアな音

声を届けるためには、やはり地域の放送局から

流すほうが良いため、北海道地区でも放送伝道

が始まります。

 大阪の伝道出版社の支店があったことが、こ

の記事から分かりますが、この資金はイギリス

のこの運動の建設業者の方からの献金だったと

いうかなり確実な筋からの情報があります。

 ただ、このような資金が京都集会の移転前の

土地の取得の際に転用された経緯があったよう

で、カーテンさんとトロッタさんが奉仕された

大阪の書店の役割を京都集会が担うという側面

もあり、文書伝道に関する認識について、京都

集会の方から重要視しているという話をお聞き

したこともあり、なるほど、と思ったわけです。

 この年も微妙な記録があります。ただ、機能

不全に陥った事実は、この文書にきちんと残して

いてくれているのはありがたい限りですが、

その詳細はつまびらかでないので、追求はやめ

ておきたいと思います。本当は、内部の方が

そのことを明らかにしてくださるとうれしいの

ですが。


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1958年
既存集会 21
新規集会 2(三島・坂本?)
     −
計    23

ルスコーさん、福岡で働きを始める。
函館でラジオ伝道が始まる。
新潟で、集会所の建設
ステッカー夫妻軽井沢に移転
坂本(?)(群馬県)での福音集会始まる
三島で集会が始まる
名古屋で集会所の建設
浜松で集会所の購入
大阪での伝道出版社の販売店営業開始
ステッカー夫妻、集会の交わりに戻る

1958年には、九州の働きにルスコーさんの転居による

支援が福岡市で行われ、新しい証が始められた。何人

もの信者が東京と大阪の間の東海道の市でもある三島

で集まったが、この証は正常に機能することなく、

1960年には、その証の機能が止まった。

 この年は、集会の建物にとっては良い年であり、新潟、

浜松、名古屋で独自の集会所を取得するにいたった。

 出版の働きは、トロッタ姉とカーテン姉が大阪での伝

道出版社の販売店の開設によりさらに展開が進められ

た。これまで何年も男性の信者の到着もない年であった

ものの、この年は新規の伝道者の到着はない年であった。

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1958
EXISTING ASSEMBLIES 21
NEW 2
--
TOTAL 23

MR. J. RUSKOW STARTS WORK IN FUKUOKA
HAKODATE RADIO PROGRAM BEGUN
HALL BUILT AT NIIGATA
MR. & MRS. STOECKER MOVE TO KARUIZAWA
GOSPEL MEETING STARTED AT SAKAMOTO
ASSEMBLY STARTED AT MISHIMA
HAMAMTSU HALL BOUGHT
NAGOYA HALL BUILT
EVANGELICAL PUBLISHIG DEPOT OPENS IN OSAKA
STOECKERS RETURN TO FELLOWSHIP
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During 1958 the work in Kyushu received help with Mr. Ruskow's move to
Fukuoka to start a new testimony in that city. A number of believers were
gathered together in Mishima, another city on the "Tokaido" between Tokyo
and Osaka, but this testimony was never properly established and ceased to
function in 1960.
This was a good year for hall building, the assemblies in Niigata, Hamamatsu
and Nagoya all obtained their own premises.
The publishing work saw further expansion when Miss Trotter and Miss Curtin opened
a branch shop in Osaka.
This was the only year in which there were no new missionary arrivals,
although for several years there were no new men missionaries.
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今日、ご紹介する記事は、1957年の出来事を

まとめた記事です。

今日ご紹介する記事にも、福井伝道の問題

などのように、うまくいかなかったケースも

取り上げられており、微妙な問題を含む

記事もありますが、元の原稿通り、和訳した

物を載せます。

 ブラザレン運動の関係者の人々は、個人と

教会のかかわりの問題を取り上げない伝統と

いうか、基本的な性質を持っていて、誰の

影響があり、何がどうなったのか、とい

うことが分かりにくいのです(これは、英国

でも同様のようです)が、このブログでご紹

介しているローワーさんの書かれたものを見

ていると、かなり、関与した個人の考えや聖

書理解、行動の影響が初期段階では強くみら

れ(いまだにそうだという話もありますが)、

信者1人1人の対応ということやそれがもたらす

影響ということを考えずにはおられません。

和歌山で集会を始めたのは、もともとは、セ

ブンスデーアドベンティストにおられた山本

杉広さんが始め、そこに、今広島県三原市に

おられる沖見寅雄さんが参加され、始まって

いったようです。

 関西では、神戸、大阪(複数)、に次いで古

いのが和歌山で、一時期は出版事業までされ

ておられたのですが、90年ころから、カリスマ

運動の影響を強く受けた和歌山の方々と疎遠に

なった集会が多いようです。個人的に和歌山の

方々とつながりのある方も、かなりおられます

が。

 以下に出てくる和歌山という地名を見て、感

慨深く思い出します。
 
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1957年
新規の伝道者の到着
M.ピリー嬢(ニュージーランド)
E.ファーバー嬢(ドイツ)
既存集会 17
新設集会  4(福井、蟹田、東北沢、和歌山)
-
計    21

大阪の橋本さんが、福井での集会を始め、
ラジオ放送も始まる。

笹沼さんが、伝道者としての働きから去る。
蟹田(青森)での集会が始まり、盛岡での
放送が始まる。スティールさんが新潟に
移り、ターナーさんが渋川に移り、プレッ
ソンさんが、東北沢で東京で5つ目の集会
(経堂集会の前身)を始める。津でラジオ
放送が始まり、トロッタ嬢とカーテン嬢
が京都に移転し、和歌山で集会が始まった。

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この年は、拡張が始まった最初の年として

記憶されている。青森集会によって福音集

会が始められた蟹田での集会が始められた。

プレッソン夫妻は、東北沢で、東京で5つ目

となる集会を始めた。何人かがコンタクトし

てきた和歌山で集会が始められ、橋本さんと

いう日本人の兄弟が、福井の兄弟二人と証を

立上げるために福井に転居した。しかし、

不幸なことではあるが、1960年に橋本さん家

族の大阪への帰還に伴い、この地での証の機

能が失われた。ターナーさんは、渋川に移転

し、スティールさんは、新潟にその地の証を

助けるために移転した。トロッタさんとカー

テンさんは、京都という重要な地での証する

ことができるように男性信徒(兄弟)が起こさ

れるよう祈りながら、京都に移転した。

 ラジオでの証の拡張が続いた。1956年には、

青森で始まったが、この年には、津や盛岡で

始まった。これらの伝道プログラムのフォロ

ーアップがそれぞれの地で行われ、質問を寄

せた人々には、手紙と福音文書が送付された。

かなりの人が、福音文書を通して紹介された

通信講座に申し込んだ。
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1957
MISSIONARY ARRIVALS
MISS M. PIRIE (New Zealand)
MISS E. FABER (Germany)

EXISTING ASSEMBLIES 17
NEW 4
-
TOTAL 21


HASHIMOTO (of Osaka) STARTS
ASSEMBLY AT FUKUI, ALSO
RADIO PROGRAM BEGUN
T. SASAMUMA LEAVES
WORK OF EVANGELIST
ASSEMBLY STARTED AT KANITA
MORIOKA BROADCAST BEGUN
MR. & MRS. STEELE MOVE TO NIIGATA.
MR. & MRS. TURNER MOVE TO SHIBUKAWA
MR. & MRS. PRESSON START 5th ASSEMBLY
AT HIGASHI-KITAZAWA Tokyo.
RADIO PROGRAM STARTED AT TSU
MISSSSES TROTTER & CURTIN MOVE TO KYOTO
ASSEMBLY STARTED AT WAKAYAMA
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This year marked the begining of a new year of expansion. A new assembly
was started in Kanita where gospel meeting had been conducted by the Aomori
assembly. Mr. and Mrs. Presson started a new assembly at Higashi Kitazawa
making the 5th in Tokyo. An assembly was started at Wakayama where there were
several outstanding contacts. Then a Japanese brother, Mr. Hashimoto,
from one of Osaka assemblies, moved to Fukui to establish a witness there
with two believers in the city. Unfortunately this testimony ceased to
function with the Hashimotos' return to Osaka this year (1960). Mr. and Mrs.
Turner moved out to Shibukawa and Mr. and Mrs. Steele move to Niigata to help
the witness in those area. Miss Trotter and Miss Curtin move into Kyoto
praying the Lord would raise up brethren to see a testimony planted in that
important city.
There was continuing expansion with the radio witness. Last year to Aomori,
and now this year to Morioka and Tsu. The follow up for these programmes was
usually conducted by the meeting in the area, a letter with a gospel and
booklet being sent to all enquirers. A large number enrolled for the Correspondence
Course which were offered.
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