ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンの発展史

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Tim GrassのGathering in His Nameの中p161から紹介状とリストに

ついての記載を紹介しながら、考えてみたいと思います。

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集会のリストは、これらの運動を結び合わせるものとして、有益でした

が、これらのリストの作者は、これらが公式のものであることを否定し、

不完全なものとして考えていました。J.W. Jordanによる1897年のリスト

は、このリストが神の前に霊的である教会(集会)のリストであると思い

こまないように、という注意書きと排他的な派閥として理解しないように

注意を与えつつも、これらのリストには、キリストの人としての性質と働

きに関する誤った考え方を持つ集まりを排除するよう注意したという点

が記載されている。このようなリストは数年に一度改定され、改訂版

の案内が、The Witness と The Believer's Magazineに掲載された。

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集会のリストというのは、実は結構重要な問題で、ブラザレン派自身、

単立教会の集合体であり、信者間の関係とか、信仰における共通傾向

といった何となく漠然とした関連性だけで緩やかにつながっており、中核

となる包括組織を持たない集団であるので、相互承認が基礎となります。

その意味で、様々な案内、たとえば、専心者の推薦、巡回伝道者の推薦、

大会の案内、集会所(教会の場所)の移転や閉鎖等といった案内を出す

上で非常に有効です。何らかの案内を、特定の集会に出して、別の特定

の集会に出さない、ということはある面で、自分たちの関係性の一種の集

会間の政治的な表明行為(排他的な派閥の存在を認めているという理解

する)となることもあり、意外と判断に困ることもあるようです。

日本国内では、個人ベースで作られているリストと伝道出版社等の出

版社が印刷物などの案内を送付するために所有しておられるようなリスト

があるようですが、相互承認が基準となるだけに、どのようなグループを

相互に関係している集団と認識するのか、に関しては、案外難しい側面

を持つといえます。特に、紹介するとなると、ある面で責任が伴うので、紹

介するほうも紹介される方も、時に悩ましい経験をすることも少なくないよ

うに思います。


Tim GrassのGathering in His Nameの中p160から紹介状とリスト

についての記載を紹介しながら、考えてみたいと思います。

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これらの書類を持参していない人々の信者としての受け入れを

疑問視することが疑問として呈されていたことにも表れるように、

これらの紹介状の制度は普遍的なものとは必ずしもなりません

でしたが、集会のメンバーとなる上で、この紹介状があるかどう

かは、重要な意味を持っていました。教会(集会)の案内には、

信者は紹介状を出身教会からもらって持参するよう呼びかける

ものが多く見られました。定型化された紹介状の用紙が50枚単

位でPickering and InglisやJohn Ritchieによって販売され、紹介

状には、一時的な訪問用と、新しい地域への移籍用のものがあ

りました。ある人々は、これらの紹介状が聖餐式に霊的でない

人々が集会に参加するための単なる入場券になる可能性があ

ると同時に、これらを持たない霊的な人々が排除される可能性が

あることを危惧していました。


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日本では、このような紹介状の定型用紙というのはこの20年ほど

見ていませんが、ワープロが発達してきた現在、実質的に紹介

状の定型化が進められているように思います。

とはいえ、現在の日本でもこの紹介状の制度が、非常に問題を

生んでいるように思います。紹介状の存在は、本来的にそこまで

絶対のものでもないように思うのですが、時に、紹介状が絶対の

ものであるかのような、あるいは、他の集会からのお墨付きのよう

にお考えの方もおられるようですが、既存集会(教会)があるところ

であれば、このような書面というものは意味を持ちえますが、既存

集会(教会)がないところでは、ほとんど意味を持ちません。

また、ブラザレン派以外の教会では、このような紹介状制度を重

視しているところはあまりなく、その教会での聖餐式の時間までに

間に合うように行き、自分はクリスチャンなのだが、とドアのところ

にいる案内人(執事)の方に言うだけで、よいケースが大半のよう

です。

Tim GrassのGathering in His Nameの中p160から紹介状とリストに

ついての記載を紹介しながら、考えてみたいと思います。

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集会の交わりについて根本的に誤った考えを持つ人々を排除する

目的のためにRoss氏によって1870年代にスコットランドではじめら

れた推薦状の発行の習慣がみられたが、これは、後期ビクトリア朝

にける問題への体系的かつ実際的な対応方法に関する基本的な

傾向を表しているものともいることもできる。 これは、国教会の分離

派の伝統的な習慣に根差すもので、ある教会を離れ、別の集団に移

籍する際に発行されていた文書と深い関係がある。この文書では、

その文書の持参者が母教会(集会)でもよい行いをしていることを受け

入れ先の教会(集会)に保証することを目指したものである。

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ところで、上記の文章に「誤った考え方」という表現が出ていますが、

これはNewtonとDarbyとの論争で出てきた、Newtonがキリストが

人間であるという論点に強調があり、その主張の影響を受けた人

という意味ですが、Newton自体は、神であり、人であるという主張

から大きく離れたわけではないのですが、人間であるという性質に

ついてのやや強調があったというきらいがなくはない、話しをした

ことと、その後の対応のまずさが問題を大きくし、多くの人々に不幸

な影響を与えたといえるかもしれません。

ところで、この種の推薦状の制度は、家庭教師とか、ナニーとか、家

政婦とか、執事などの雇用の際には必ず発行されたもののようです。

その昔読んでいたシャーロック・ホームズの小説などでもこのような

推薦状が発行されていたような記述があったように思います。雇用し

ようとする候補者に問題がないかどうかを知るために、この種の文書

が発行されていたり、雇用契約を結ぶ際には、このような文書が当時

は必要とされたようです。シャーロック・ホームズの時代こそ、まさしく

ビクトリア朝ですから、この時代の文化的な習慣を反映したもの、という

ことができるように思います。

そういえば、メアリー・ポピンズの映画でも、始まってから20分くらい

のシーンで、家庭教師を募集し、募集に応じてきた人たちが手紙を見

せているシーンがいくつかありますが、そこで見せているのが、紹介状

のようです。

そういう意味で、旅行や転居といった社会的人口移動が限られていた

時代、通信が不十分であった時代のその人物についての信用保証制度

が、現代の日本などでも続けられているのは、非常に興味深いと思います。


Tim GrassのGathering in His Nameの中pp. 159-160から、大会(Conference)に

ついて述べた部分から、ご紹介しながら、考えてみたいと思います。大会について

は、これが最後になります。

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 巡回伝道者などの献身者向けの大会などでは、住宅で開かれた大会もあった。

この種の最初のイングランドで開催された大会は、Yeovilで1871年ごろ

Henry Dyer氏によって開催されたもので、その後毎年開催されるようになった。

自宅を献身者に開放する集まりとして始まったが、1950年まで、住宅を開放しつ

つも、自由に講壇に立つスタイルが保たれた。このような研修会は他の場所でも

数多く開かれていた。もっとも有名な献身者向けの大会は、1874年にLeominster

でWilliam Yappによりこの種の大会開催を目的として買収されたホテルで開催され

た。Yappはロンドン近郊で5日間ほど100人の人々に対して宿泊を提供することは

困難なため、やや離れた場所のホテルを買収する工夫をした。

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日本では、これにあたる大会と類似した機能を果たした大会のような存在は、

軽井沢のキャンプ場で、8月15日以降の1週間開催されていた宣教師キャンプ

かもしれません。個の宣教師キャンプでは、英国、米国からの宣教師を中心に

様々な課題が話され、教理などについて、同時代的な課題と聖書の教理との

関係について、ある程度共通化の方向性が語られていたというお話しをお聞

きしたことがあります。しかし、次第にこの宣教師キャンプに参加される方が減

ってきているのも事実であり、その役割も変わってきているようです。現在、

日本では、海外からの宣教師が減り、その分日本人の教役者が増加している

のですが、そして、今後その傾向はさらに加速するのではないか、と予測してい

ます。ただ、日本人教役者向けのこの種の学び会、というのは現在は少ないか

なぁ、と思います。こういう機会があり、交流が進められ、さらに聖書理解の幅

が日本国内においても今後、広がっていくことを期待したいと思います。


Tim GrassのGathering in His Nameの中p. 159から、大会

(Conference)について述べた部分から、ご紹介しながら、

考えてみたいと思います。

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キリスト者の奉仕者向けの大会は、1870年代の開放的ブラ

ザレンの信徒の生活の一つの特徴的なものとなった。いくつ

かの大会は都市部の集会所への1泊の宿泊を伴うような大

会であり、土曜日の夜からロンドンやグラスゴーなどの比較

的大きな都市で開催されたの大会であった。特定の課題に

ついて話し合われ、共通の対応策をとるような形が合意され

た。これは、経験の薄い指導者にとってガイダンスを得られ

る機会となるという意味では大きな意味を持っていた。また、

日曜学校のため奉仕者向けの大会も開催されており、

DevonのBridford Millsで1887年から1950年代まで毎年開

催された。

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日本の大会は、土曜日というよりは、祝日を利用した大会や、

祝日を利用した学び会のようなかたちで開かれていることが

多いように思います。

ただ、ここで触れられているような指導者などのための特定の

層向けの大会は、日本では公式にはあまり開かれていないよ

うに思います。こういう指導者層や次の時代の指導者候補者

に対する研修機会ということは、これからの日本におけるこの

グループの展開を考えていくとき、現在の外国人宣教師が

急速に少なくなりつつある現状を踏まえると、意外と重要かも

しれません。

ところで、日本でのこのグループの語り手の教育や育成を

考えるとき、正規の教理教育を実施する機関が現在休止し

ている状況では、基本的に他の人がしているのを見習って、

見よう見まねで講演台に立つ方々が多くならざるを得ない、

ということから派生する問題、ということも視野に入れて検討

すべきかもしれません。

ところで、英国においても、また日本国内においても、日曜

学校について、熱心だったのもこのグループの一つの特徴と

行ってよいと思いますが、英国では、日曜学校の奉仕者向け

の大会が、70年近く毎年開催されたというのは非常に特徴的

ではないかと思います。Grassはこの大会が閉鎖されて理由を

書いていませんが、英国でなぜ50年代にこのような大会が開

かれなくなったのか、ということについて、理解を深めることも

重要かもしれません。

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