ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンの発展史

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Tim GrassのGathering in His Nameの中pp. 158-159から、大会

(Conference)について述べた部分から、ご紹介しながら、考えて

みたいと思います。

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多くの初期の信徒大会は、司会者や登壇する話し手を事前に決め

ない方法Open Platformで実施されていた。なぜなら、事前の調整

は、臨在する聖霊への侵害と受け取られていたからである。Inverurie

で1872年に開催された大会の広告には、「話し手や講演タイトルに関

するプログラムはございません。聖霊が話されることが、必要なことで

あり、聞くべきことだからです。そのような話し手の参加が期待されて

います。」と記載されている。イングランドでのできごとや混乱の影響

があまり深くない地域や無関係であった地域では、『霊感』による牧

会という方法が深く根ざすことになった。

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こういう精神構造は、ブラザレン派の中では、かなりあるように思いま

す。いまだに、事前に話し手を指定していないここで触れられている

Open Platformのスタイルをとるキリスト集会は少なくないと思います。

ただ、このOpen Platformのスタイルも善し悪しで、よく事情を理解しな

い外部の信仰を持っていない人が聖書からの解釈もどきのようなこと

を話したり(以前ミカタロウ様のコメントでお知らせいただいたように)、

無言の時間に耐えかねるかたちで話す人が出てきたり、ということに

なりかねない側面があります。

日本のキリスト集会においても、信者の訓練のためや聖書からの話

が特定の分野に偏らないよう、バランスある内容となるような配慮等、

様々の理由から事前にある程度話し手を決めている教会(キリスト集

会)もあれば、事前にこのようなことを決めておくことに否定的な教会

(キリスト集会)まで、非常に多くの幅が現在でもあります。その意味で、

かなり多様な特徴を持った集団だと言えるのではないか、と思います。



Tim GrassのGathering in His Nameの中pp. 158から、大会

(Conference)について述べた部分から、ご紹介しながら、考

えてみたいと思います。

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 それぞれの集会(教会)が開催した大会には、大英帝国の

多くの地域から信徒が集まり、これは、非国教会の教会で

行われた日曜学校の記念式典、学びや会堂の献堂記念式

典と同じ役割を果たした。集まった多くの人々に茶菓の提供

がされ、食事の際に集まった人々との会話する機会は、ブラ

ザレンの信徒の社会的な交流の機会となった。非ブラザレン

の信徒の間での結婚が推奨されなかった地域の若い人々に

とっては、非常に貴重な機会であった。数日間にわたる大会の

場合には、宿泊も大会が開催される場所によっては提供された。

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この記事を見ながら思ったことは、大会自体が信者の交流、

結婚相手などとの出会いの機会として用いられたことが分か

ることです。少なくとも、社交の機会として大会が用いられたこ

とが指摘されています。印象深いのは、非ブラザレンとの結婚

が認められたかどうかについて、地域差があったことがGrass

によって指摘されている点です。日本では、基本的には、非ブ

ラザレンの信者との結婚ということは、あまり推奨されていない

ところが多いようですが、これも元々、地域差や教会(キリスト

集会)ごとに考え方の違いがあったようです。その意味で、か

なりそれぞれの集会が多様な存在であったことがGrassの記

述からは感じられます。その意味で、かなり自由度の高い集

団であったようです。

Tim GrassのGathering in His Nameの中p. 158から、

大会(Conference)について述べた部分から、ご紹介

しながら、考えてみたいと思います。

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信徒大会は、伝道者、宣教師、聖書教役者が交流を

強化するための機会となった。これらの多くの人々は、

集会を巡回し、教理や信者への助言の機会と同様に

伝道の機会として、使徒時代の使徒が巡回しながら

語った役割のと同様な役割を果たしていった。彼らの

発言は、非常な尊敬を持って取り扱われ、印刷物と

同様の尊敬を受けた。これらの集会間の関係の構築

は、非公式的な方法でも行われた。スコットランドでの

信徒大会の果たした役割は、長老派の教会での年2

回行われるコミュニオンと同様の役割を果たした。コミ

ュニオンでは、聖餐式が先行し、その後何日かにわた

る特別講演会が開催された。信徒大会は、ビクトリア

朝時代の習慣である説教の比較し、味わうという機会

を参加者に提供したのであった。


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日本でも、年初に信徒大会が行われ、来年も1月上旬

に各地で行われるようですが、現在の信徒大会もGrass

が指摘するように、伝道者、宣教師、聖書教役者の交

流の機会となっているようです。また、全国的に交流が

行われることもあり、数多くの信者の交流機会となって

いるようです。

最近、ここ何年か関西の大会と呼ばれるようなところ

に行っているのですが、アジアの韓国系の伝道者をゲ

ストスピーカーとしてのメッセージが増えているように

思います。(ちなみに、今年は日本人が3人の方が話さ
 
れるようです。)

アジアやアフリカ諸国での伝道への関心が高まるのは

好ましいことだとは思いますし、実際にアジアやアフリカ

での医療伝道を含め、伝道に出ている日本人の宣教師
 
が何人かおられます。

今後、ブラザレン派の人々が海外宣教とどのようにか

かわっていくのか、そのことを歴史として記録していくこ

とが今後大事になってくるかもしれません。


Tim GrassのGathering in His Nameの中pp. 157-158から、大会(Conference)に

ついて述べた部分から、ご紹介しながら、考えてみたいと思います。

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スコットランドでは、隔年で開かれるグラスゴーの信徒大会は1865年から開催され

た。これらの大会はダブリンでの大会を見習ったもので、ブラザレン派の信徒大会

の中で最大の大会の一つとなり2500人以上の人が集うような大会であった。当初

は、教理に重点があったが、1887年には、宣教報告が追加され、1894年には、宣

教師のためのバザーのようなものが開催され、1900年には姉妹のための宣教者の

会議が追加された。

(中略)

このような大会は、多くの集会に属さない人々を引き寄せ、この運動の内容を広く

知らせるきっかけとなった。このため、語られる内容には、細心の注意が必要とさ

れた。1904年の報告によれば、あまりに自己批判的でありすぎることは、他の信

者たちが彼らの方が優れているという印象を与えた可能性がある懸念が語られ

ている。また、キリスト者でない人々が参加していたような場合、福音が語られる

こともあった。

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現在の日本におけるブラザレン派の大会は、ブラザレン派の中だけで、開催

案内が出回るため、外部からの参加ということもありませんし、外部の信徒群

を意識することもほぼ必要ないので、ここで触れられているような19世紀後半

から20世紀前半のスコットランドで起きたことのような現象への対応は必要な

いと思います。

現在の日本の大会は、1000名規模のものが複数個所で開かれていることが

多いようです。日本では、福音が語られること(日曜学校などを除く)はまずなく、

主に学びのメッセージが中心に語られることが多いようです。


Tim GrassのGathering in His Nameの中pp. 157から、大会(Conference)に

ついて述べた部分から、ご紹介しながら、考えてみたいと思います。

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このタイプの大会の発展は、鉄道ネットワークの拡張と土曜日の半日休みが

普及することで広がった。1900年代までに、かなりの数の集会が、毎年の大

会を開いており、多くの場合、大会は土曜日の午後と夜に開かれることになっ

た。これらの大会は、非国教会における年会に相当する。公的祝日と

fast day(長老教会において開かれるコミュニオン前に設定される地域的な

休日)は、この種の大会開催の機会を拡大させることに貢献した。スコットラ

ンドでは、1月1日に大会が開かれるのが一般的であった。

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大会の発展と鉄道の関係については、Dicksonも触れていましたが、

相当深い関係があるようです。日本では、1930年代には、信者数も

少ないながらも、交流会が開かれていた形跡がありますが、これが

戦後になって、日本全国に展開するキリスト集会の信者の交流会

としての大会が開かれるようになったようです。そのあたりの経緯は

古い信者さんに聞かないとわからなくなりつつありますが、このあたり

の証言を今の段階で集め始めておかないと、その経緯を知る初期の

段階の人も減っていくのではないか、と思います。

さしずめ、前橋のKさんや府中のCさんあたりに聞いてみるのが確実

かもしれません。多くの証言を集めないと、その経緯の実際をしることは

もう間もなく、困難になるのではないか、と思っています。


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