ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンの発展史

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Tim GrassのGathering in His Nameの中pp. 156から、大会(Conference)に

ついて述べた部分について、今回から、ご紹介しながら、考えてみたいと思

います。

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新しく信仰を持った人々に向けたタイプの大会の初期の例として知られてい

るものとしては、Tottenhamで開催された1853年の大会であり、Missionary

Reporterに広告が掲載されている。これは、1859年に起きるリバイバル(大規

模に新しいクリスチャンとなる人々がみられる現象)の前兆となるもので、その

後、地域的な覚醒(小規模な新しいクリスチャンとなる人々がみられる現象)が

発生する中で、この種の大会は広く開かれることとなった。最初の大規模な大

会は、1862年に最初に開催され、隔年ごとに開催されたDoblin信徒大会であり、

コーヒーハウス業界の大物であったHenry Bewley(1814-76)によって資金援助

され始まった。リバイバルは、クリスチャンの奉仕(Work)に関与した人々にとって

は、大会が覚醒に関する教理の問題と実際の問題を取り扱うことに関する希望

を生み出したというものの、奉仕者は1200人以上の人が参加する中で、その他

の参加者に埋もれてしまい、目立った存在とならなかった。新たに信者になった

人々が増えていく中で、信仰歴の短い人々に基本的な教理を与えるような公的

な集まりに変わっていった。

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ブラザレン運動と大覚醒、ないし、覚醒と呼ばれるキリスト者が急に増える現

象とは、かなり密接な関係にあるようです。時代の波にのった運動としてのブ

ラザレン運動があった、ということかもしれません。素朴さ、熱心さ、そして、普

通の人であり、ラテン語やギリシア語を語る人々ではなかったために、普通の

人々が疎外感を抱かなかったという美点の影響があるのかもしれません。ただ、

バランスを書いた急成長に伴う問題もあり、本来、教役者のための大会が、入

門的なことを伝えるための大会となったということも起きたようです。

リバイバルについては、ロイド・ジョンズの本がありますが、ロイド・ジョンズ

とブラザレンの関係は、このリバイバルの影響もあるようです。

いまの日本の大会を見ていると、全く初めての人向け、というものは少ない

様に思います。ただ、一般的なものが多いとはいえ、教理の問題について、

踏み込んだテーマの大会や集まりは少ないかもしれません。その意味で、も

うちょっと参加者を絞ったより踏み込んだテーマを扱うような大会が増えても

いいかなぁ、と思います。

Tim GrassのGathering in His Nameの中pp. 156から、讃美歌について

述べた部分から、ご紹介しながら、考えてみたいと思います。


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この時代の他の主要な讃美歌集the Baptist Psalms and Hymns(1900)

the Anglican Hymns Ancient and Modern(1861), English Hymnal (1906),

やメソジスト派の多くの讃美歌集と同時代に出版されたブラザレン派の讃

美歌集と比較してみると、ブラザレンの讃美歌は、他のビクトリア朝時代の

他の讃美歌集とは独立して編集されたことが分かる。特に、ブラザレン以

外の讃美歌作家の作品が少ないことや、油注ぎという概念が、キリストの

受肉との関連での用いられているという特徴がある。1859年にThe

Believer's Hymn Bookが改定されたときに、これらの他派の讃美歌が付

け加えられた。(中略)エクスクルーシブブラザレンのグループでは、非ブラ

ザレンの讃美歌作家の作品の場合、ブラザレンの霊性が表現できるように、

かなり細かく手が入れられた。

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ブラザレン以外の讃美歌作家の作品が少ない、ということはブラザレン

派が孤立的な立場を維持したという特徴の表れかもしれません。

最近、改訂版が出た礼拝讃美歌でも、かなり、歌詞が変わっている部

分があるようです。

イエスの受肉と油注ぎが中心的なテーマとなるのは、ブラザレン派の

歴史理解であるディスペンセーション説と関係があり、それが聖歌の

歌詞にも反映しているようです。

イエスは、予言された救い主である以上に、受肉して現れるユダヤの

王としての側面の強調が、ブラザレン派ではあるために、イエスへの油

注ぎが強調される傾向にあるものと思います。このあたりのこだわりが、

このグループの特徴ともなっており、それがほかの聖歌作家の作品の

採用を遠ざけるものとなったのではないか、と考えられます。

とはいえ、古い版の讃美歌である礼拝讃美歌では、かなり他派の

曲も利用されていたと記憶しています。

なお、「いつくしみふかき」という讃美歌作家のスクリーベンという

人物は、アイルランドからカナダに渡ったブラザレン系の人物です。


http://www.bethanyhome.net/news/friendin_jesus.html

この彼については、

http://blogs.yahoo.co.jp/kawamukaih/folder/1246787.html

でふれたとおりです。



Tim GrassのGathering in His Nameの中pp. 155−6から、讃美歌

について述べた部分から、ご紹介しながら、考えてみたいと思います。

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聖餐式で利用されることを意図して出版された讃美歌集の一つに

Pickering and Inglisが1884年に出版したThe Believer's Hymn Book

があり、この讃美歌集は、アイルランドとスコットランド、北部イングラン

ド、北米で人気があった。この讃美歌は長く使われており、出版から

現在まで利用されている。もう一つの人気がある讃美歌集は、

Echoes of Serviceが1890年に出版したHymns of Light and Loveと

いう讃美歌集であり、福音的な讃美歌と信者向けの賛美が掲載され

ていた。ブラザレンの指向性の特徴ある表現とEmma Frances Bevan

(1827-1909)のHymns of Ter Steegen, Suso and Others(1894,1897)

の讃美歌でもあるドイツ神秘主義と敬虔主義の翻訳讃美歌がおさめら

れており、霊性の普遍性がバランスよく拝されていた。Bevanは国教会

の大司教の娘であるが、結婚によってOen Brethrenに関与するように

なり、後に、ドイツ神秘主義と敬虔主義の翻訳者・通訳者として知られ

るようになった。

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そういえば、筆者が、北米のワシントン州のある集会で使っていたのは、

確かにThe Believer's Hymn Bookだったんですねぇ。いやぁ、100年以上

歌い継がれていたんですね。

この讃美歌集、日本の讃美歌集のような5線譜付きの讃美歌集では

なかったので、ワシントン州での集会が10集会くらい集まっての大会

のときには、それぞれの節回しが微妙に、そして絶妙に違うので、ピア

ノがあっても合わなかったことが面白くて、仕方がなかったです。

Echoes of Serviceは、もともと宣教師の支援団体ですが、出版事業

も営んでおり、ブラザレン系の歴史書なども何点かあるようです。また、

ブラザレン派の人物伝の書籍やDVDなども出しており、情報源としては

非常に有益な情報源の一つと言えると思います。

Tim GrassのGathering in His Nameの中pp. 156から、讃美歌

について述べた部分から、ご紹介しながら、考えてみたいと思います。

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ブラザレンの讃美歌作家(Chapman, Darby, Deck, Denny)の主要な

テーマは、キリストへの愛慕の情を歌ったもので、キリストが信徒の

ために再臨すること、キリストにおいて天の座に座っている姿を想っ

たものや、そして、世界を彼らがその天に向かっての旅を終えるま

でに通過しなければならない荒野としてとらえた歌が多く、とりわけ、

聖餐式での使用を前提としたものが多かった。

讃美歌発行の動きは、超教派的なリバイバル運動の初期に発生し

ており、この時期から、礼拝用の讃美歌が一冊定まり、伝道のための

集会の讃美歌が一冊定められ、利用されるようになった。
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  そういえば、現在、伝道出版社が出している讃美歌集も、礼拝で

使われる歌が多いということもこの種の影響かもしれません。現在、

タイトルも、礼拝讃美歌ですし。

この歌集で、子供のころから、讃美歌を大分覚えたので、懐かしい

讃美歌も多いのですが、最近の讃美歌集では、表現が変わったも

のがいくつかあるようです。讃美歌の歌詞は、基本、翻訳された歌

詞なので、オリジナルの歌詞のイメージを損なわないよう、工夫さ

れているのですが、それでも、原歌詞を知った時、うーん、随分印

象が違うなぁ、と思った歌詞も少なくありませんでした。原歌詞より

良い詩になっているものもあるように思います。とはいえ、天に向

かっていくことをメタファーにするあたりが、なんとなくブラザレンの

信仰形態を示しているようで、なるほどぉ、と思ってしまいました。


Tim GrassのGathering in His Nameの中pp. 156から、讃美歌

についてGrassが述べた部分から、ご紹介しながら、考えてみ

たいと思います。
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多くの教派と同じように、讃美歌はブラザレンにとって基本的

な信仰告白や特徴的な信仰の内容を示す機会となっていた。

1830年代から、集会で利用される讃美歌集が作られてきたし、

それは個人的な努力によるものであった。このことは、国教会

の分離派では強力な教派的組織が形成され、その教派的組

織によって讃美歌集が出版される以前からよく見られたことで

あった。初期の讃美歌集として、J.L.HarrisによるA Collection

of Hymns(1834)や、R.C.ChapmanによるHymns for the Use

of the Church of Christ(1837), G.V. WigramによるHymns for

the Poor of the Flock(1838), Edward Denyによる A Selection

of Hymn(1839), J.G. DeckによるPsalms and Hymns and

Spiritual Songs (1842)がある。Chapman, Darby, Deck, Denny

はすべて有名な讃美歌作者であり、これらの作品はブラザレン

の中ばかりではなく、他派でも長期にわたって利用された。

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そういえば、讃美歌物語、という本の中にDarbyについての言

及があるということがあるようです。現在、その本をどこか図書

館で借りられないか、と探しております。讃美歌というのは、

音楽に乗せて、聖書や神に関する直感的な理解を伝えられる

という意味において、非常に重要な役割を果たしたように思い

ます。

ChapmanやDarbyの作詞した曲が歌われた、ということは、

ある面、普遍的なキリスト者としての理解を伝えていたた

めであろうと思います。

本来、多くのキリスト者が自由に参加できる一体としての

キリスト者の集合体であることを目指した結果から、おおくの

キリスト者集団でも使われたのであろうと思います。

ムーディとサンキーのところでも少し触れましたように思う

のですが、サンキーの讃美歌の影響も、のちには見られた

ようです。

こういうキリスト者の社会における多様な社会集団間の

関係性とその相互影響というのは意外と面白い研究テー

マではないかなぁ、と思います。

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