ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンの発展史

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Tim GrassはGathering to His Name(2006)の7章P148で、

以下のように述べています。

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プリマスにおけるトラクト出版所(Tract Depot)の出発は

1838年に始まり、さまざまな出版社が支援していた。1840

年までには、Central Tract Depot in Warwick Square(ワー

イックスクエア中央トラクト出版所)というブラザレン派の出

版社兼書店がロンドンに設立されている。この出版社の登

場は、ブラザレン派のロンドン周辺地域における成長の著

しさを示している(訳注:もともと、ブラザレン運動は、アイル

ランドで生まれ、広がっていったので、ロンドンでブラザレ

ン運動が展開することは、日本で言うと北海道出身の集団

が東京進出していくような印象がある)。このCentral Tract

Depotの活動は、HerefordからLondonに移ったWilliam

Yapp(1807-74)により強化されることとなる。Yappは、ロン

ドンのWest Endで出版所と書店を経営し、そこにJames

Hawkinsが参加することになった。なお、Yappの名前は、

ポケット版聖書の表装の仕方であるYapp折(Yapp Edges)

として人々に記憶されている。

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ブラザレン運動が、始まったのが1830年代中葉ですから、

ブラザレン運動の出発からほぼ間をおかずにブラザレン関

係のトラクト出版社ができたことになります。トラクトは、当

時のニューメディア、今で言うとウェブやブログ、携帯サイト

のようなものですから、ブラザレン運動は、人々が文字を

読めるような環境に乗りながら、当時のニューメディアであ

った出版物で伝道活動を進めていったことがわかります。

日本でも、伝道の初期から、伝道出版社という会社が、

イギリスからの伝道者で、もともと薬剤師だったライトさん

という方により東京で設立されています。日本でのブラザ

レン運動は、昭和初期ごろから、東京と大阪・神戸の二

つのグループがゆるやかな連携を取りながら広がって進

められているのですが、トラクトなども印刷する出版社は、

流通のこともあったのでしょうけれども、当初東京のみだ

ったように思います。戦後京都で活動を開始された、カー

テンさんとトロッタさんは大阪に、このような書店を開店し、

印刷事業も行うということで、日本での活動をしておられ

たようです。英国人からの大阪での書店設立のための

資金援助の一部が、京都にあるブラザレン派の会堂建

設のために資金援助者の承諾の下充当された、という

ことを京都の教会(集会)の関係者に対する取材の過程

で確認したことがあります。複数から聞いているので、

ほぼ間違いないと思います。

そういえば、東京の伝道出版社(昔は、飯田橋の駅前

にあった)の売店には、リデルズさんとスピッチリさんが

店番をしておられたことを思い出しました。なつかしい、

思い出です。私が行ったのは、1985年が最後でしたが。



Tim GrassはGathering to His Name(2006)の7章P148で、

以下のように述べています。
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 多くの信者が、ブラザレンという名前を受け入れた傾向がみ

られたにもかかわらず、何人かの著述者は、ブラザレンという

名前が外から『分派主義者』を示すものとして与えられること

には強く抵抗した。1911年の国勢調査の宗教の項目に関して、

Believer's Magazineでは、信者は『分派主義者』であると外部か

らみなされかねないブラザレン派ではなく、キリスト者と書くよう

に勧めたことがあったようである。「プリマス・ブラザレン」はそも

そも、最初プリマスで始まったことを示すために用いられたが、

しかし、この名称が地理的にさまざまな場所で使われる中で、

その名称を使う意味は薄れていった。オープン・ブレズレンの

名称を受け入れることは、宗派であることを受け入れることと

みなされたし、エクスクルーシブ・ブラザレンで、オープン・ブラ

ザレンが用いられる場合には、神学的な無関心さをしめす語

として、批判的な意味で用いられた。

信者たちは、彼らの集会(教会)を****会堂におけるキリス

ト者の会合(Christian meeting in ****** Hall)と呼ぶよう推

奨された。しかし、ブラザレンの集会(教会)は、彼らを明白に

示すようなわかりやすい用語を考えたりすることはなかった。

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前回の記事で藻掻きましたが、分離派であることを回避し、多

くの信者との緩やかな連携(交わり)を目指したのはよいのですが、

分離派を回避しようとし、名称が定着しなかった結果、周囲から浮

き上がってしまい、自分たちを正当化するために、分離主義的にな

らざるを得なかったのは、非喜劇のような感じがします。そして、

本来目指していった、幅広い多くの信者との連携が妨げられる結

果となったことも。

また、名称をわかりやすく示す努力をしてこなかった結果、日本

では、戦時中の宗教団体法により、日本キリスト教団に縮約され

ていったこともありますし、ブラザレン派以外のさまざまなキリスト

者群が多くの場合、教会を名乗ったことの反動もあり、ギリシア語

言語のエクレシアの訳語としての『集会』という日本語訳を名称と

して用いることへの異様なこだわりが生まれてしまったように思い

ます。我々は、『(聖書に忠実な、という意味を含めた)集会』であ

り、『(キリスト教という"宗教"を教える、という意味を含めた)教会』

ではない、という立場が日本国内では『集会』の独立性を高めた

ものの、それと同時に孤立を深めることとなったように思います。

その結果、多くのキリスト者との交わりを排除する結果となったよ

うに思います。

さらに、ブラザレン運動からのスピンアウトとして、ブラザレンの

一バリエーションとなった、ウォッチマン・ニーの考え方を少し変

化させたウィとネス・リーの主張の一つである、ある行政区域の

中にひとつの集会(教会)であるべきである、というご主張があり

ます(ダービーは、一時期、このことを主張したようです)。この議

論の論拠は、新約聖書の書簡類が○○(たとえばコリント)市の

人々への手紙とも取れることから来ているとは思いますが、ブラ

ザレン自体が自分たちの集会の呼称を○○会堂にある

キリスト者と呼んだこととも、発想の出発点は同一だと思います。

しかし、現在のように、市町村合併が発生したら、集会も一つ

にしなければならない、等ということになると、おかしげなことにも

なりそうです。

Tim GrassはGathering to His Name(2006)の7章P147-148

で、以下のように述べています。

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(宗教上の団体に関する)国勢調査報告は、すべてのブラザレン

関係者の間で、この問題が解決していないことと緊張関係があったことと、

用語法に関する論争が反映されたものとなっている。ブラザレン派の多くの

人々の主張は、ブラザレン派であると自己を定義した人々がほかの信者と

の教理上の違いを示すような教理における違い(キリストのからだとしての

唯一性を重視するという違い)を放棄した、ということであり、しかし、この議

論が逆説的なのは、彼らが、それらの教派集団から分離して存在している

という点である。

脚注についていた、Mann(1993)の修士論文からの引用を示す。

これらの人々(ブラザレン派の人々)は、ブラザレンという名称が、個々の組

織の構成員の状態が単にキリスト者であることを示すものとしてのみ与えら

れるべきであると考えらる人々であり、名称は、宗教的な『宗派(Sect)』と

して集合的に表象する名称であるべきではないのではないかと考える人々

であった。ブラザレンという名称が、教理上の特徴性を示すものではなく、独

立したコミュニティを形成しているという明白な特徴を持つ特徴的な会衆的な

特徴を示すことから生じたのではない、と理解していたようである。むしろ、彼

らは、すべてのキリスト者は明らかにキリストの体の一部を形成しているもの

の、ブラザレンとして知られている集団は、完全にキリストのどこかの一部とし

て認識されるのを拒む人々であるとして理解していた(要するに普遍的に存

在するものとして認識していた)。集会として存在することは、実際に、すべて

の宗派的行動への抗議行為(protest)であった。彼らがもともと属していた教

派教団からの離脱の第一義的な基礎は、真のキリスト者のコミュニティでの

相互の交わりが妨げられたり、阻害されたりしているかどうかに関する様々な

神の言葉に基づく検証をおこなった結果であるとされた。そもそも一つである

ことが実現する真の教会(真の信者のみによって構成される教会)が目に見え

る形で一つになる努力の結果でなければならないのかの理由を見つけること

ができない、とブラザレン派の人々は考えた。信者間の交わりが信者を一つに

する接着剤であり、排除するための障害、受け入れるか受け入れないかの判

断は、その人がキリスト者として生きているかいないかという事実のみによる

からである。(中略)ブラザレンは、救いについての基本的真実を実質的に持ち、

そのことを相互に認め合うことのみを基礎として構成される唯一の教会であり、

そのようなメンバーからなるのである、と理解した。

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唯一性というのか、一体性というのかが、ブラザレンでは非常に大きな意味を

持ちます。その結果、ブラザレンでは、唯一性が真実性、絶対性、同一性と混同

され、大きな混乱を招く結果を導き出しまてきました。唯一性と同一性の違いの

理解が十分でないために、ブラザレン派では、過去分裂を繰り返してきました。

この一体性(Unity)と同一性(Uniformity)と真実が一つであること(Oneness of

the Truth)に関する世界観の混乱は、ダービーの中で起きていたようです。

それが、Newtonとの論争の中で、本源的なメッセージでないNewtonの行動な

どや、それに対するダービーの対応などに投影され、さらに、良くも考えずに尻馬

的な発言をする人々にかなりの人々があおられた結果、回復不能な分裂状態が

ブラザレン派の中で、生まれていったのではないか、というBassの指摘は、

http://blogs.yahoo.co.jp/kawamukaih/35310278.html

の記事でも触れましたが、個人的には、このことがある程度妥当していると思うと

同時に、このような一体性と同質性の混乱、さらには、真実の唯一性の混乱は本

当に不幸なことだと思います。


Tim GrassはGathering to His Name(2006)の7章P147で、

ブラザレン運動の持っていた方向性について、以下のように

述べています。

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 ブラザレン運動の関係者が、『(普通名詞としての)ブラザレ

ン(brethren)』から『(固有名詞としての)ブラザレン(Brethren)』

さらに、『ブラザレン派(The Brethren)』へと向かっていく傾向は

おそらく不可避であったのであろう。ブラザレン運動の関係者の

集会(meeting)の1851年度に行われた信仰者グループ(平たく

言えば宗教団体)に関する国勢調査(Census)において、その

グループの信者が自称していた名称の分析からは、次のことが

明らかになっている。同じ場所から複数出された調査回答票を

除くと、91の回収票のうち、23が『(一般名詞としての)ブラザレ

ン(brethren)』を名乗り、17が『プリマス・ブラザレン』を名乗り、

『キリスト者(Christian)』と『(固有名詞としての)ブラザレン

(Brethren)』と名乗ったものが14、16が全く名称を選択してい

ない。これらの名称は、回答者自身が選択したものというより

は、回答者の地域を担当する調査機関がラベルとして付与し

たものも含まれる。また、回答者のいくつかは、『プリマス・ブ

ラザレン』と呼ばれたことに反論している。

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今年は、国勢調査の年ですが、イギリスの国勢調査は、結構

細かなことまで個人属性を取っているようです。日本より、か

なり項目が細密です。なので、かなり細かな社会属性について

の地域差の研究と地域の人口特性による分類学の研究が英

国の地理学では進んでいますが、日本では、そういうことはマ

ーケティングをやっているようなコンサルタント系の民間企業な

どで試みられているようですが、一般に普及しているということ

は内容に思います。

とはいえ、イギリスでは、宗教団体についての国勢調査まで

あったとは、いやぁ、さすがに18世紀19世紀のネーションステ

ートの代表格というのか、大英帝国の黄金期だけに国情把握

というのに真剣であったイギリスという国の政治家の考え方が

よくわかります。(国情把握しているからこそ、覇権国家として

要請されざるを得なかった戦争への関与の構想に国情がどう

影響しているのか、を利用しようとしたようです。)

しかし、自分たちをどう定義するのかということに関して、ここ

までこだわりがあるグループ、自分たちは、単にキリスト者であ

りたいだけである、と150年変わらず、愚直に主張し続けるのは

それはそれで立派な立場だと思います。とはいいんがら、その

ことを理解してもらうために、その長い解説で人が疲れてしまい

福音を聞く気をなくすとすれば、もうちょっと、わかりやすい自分

たちについての通り名をつけるほうがいいかなぁ、と個人的には

思ってしまいます。日本では、このグループのことを、「さしずめ

伝道出版社派かなぁ」とおっしゃった方がおられた(この方は、

すでに物故された組合教会系の教会の関係者の方)のは知っ

ているが、それも、なんだかなぁ、と思う。兄弟団はすでにある

し、同胞団や同胞会は、ちょっと今はなきソ連共産党や毛沢東

主義時代の中国共産党を思い出してしまいそうだし。連合派だ

と、連合赤軍を思い出すし。日本語の分かりやすい名前を今、

一人あーでもないこーでもないと考えている。




本日からは、Grassの本に戻ってブラザレン運動の独自性が

確立していった経緯を探していきたいと思います。テキストは

Tim Grass の Gathering to His Name 7章になります。

Tim GrassはGathering to His Name(2006)のP147で、以下の

ように述べています。

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1930年代のブラザレン運動関係者は、彼ら自身を表す名称で

あまりに悩む必要はなかったと思われる。というのは、彼らが再

臨(The Second Coming)が非常に近いと思っていたためであり、

また、彼らの多くが、彼らの群れを彼らと同じような信仰をもつも

のと共にある天の一部に属するものとみなしていたからである。

彼らが名称を言うときには、「ブラザレン(Brethren)」と呼び、それ

が、(訳者註:教派としての)名称としてではなく、表現として(訳

者註:一般名詞としての)「兄弟たち(brethren)」と小文字で表現

されることを望んだ。Christian Brethrenという表現がこの運動の

表現として最も早く出てくるのが1839年であった。当初、この

Christian Brethrenという呼称は、疑似教派的な名称として用い

ら得たのではなく、他の信者を排除的に扱うような意図はまった

くもっていなかった。

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ブラザレン運動が、自分たちを指し示す用語として、特殊な呼

称を考えようともしてこなかった理由の最大の背景は、かなりの

部分、Grassが指摘するように再臨が近いという概念の関連だと

思います。1850年代ごろに、再臨があると思っていたようですか

ら。もちろん、初代キリスト者集団には、教会という組織を形成し

ようとする意識があまり明確でなかったようでもあります。それを

見習おうとしたということもあるのでしょう。実際、初代キリスト者

集団の人々は、ユダヤ教会(シナゴーグ)に入り込んでは、あな

たたちの読んでいることの真意はこうだ、といって、ユダヤ教会

を分裂させたと取られかねないことをし、その結果、ユダヤ教会

から追い出され、そして野外であつまったり、個人の家庭の中で

聖餐式をしていたわけですから、精神構造としては似通っている

という側面もあると思います。

また、イエスの直接の弟子たちも、再臨が近い、と本当に思っ

ていた節がありますから、その意味でも、イエスの弟子たちと近

い精神世界を持っていた、と言えるのではないかと思います。

また、アポロが伝道していたときに、アポロを捕まえていろいろ解

説して、その理解の幅をさらに広げさせた信者の記事があります

が、その意味でも、さまざまな教派の人々を磁石のように集めて

出来ていったオープンブラザレンの人たちというか、Christian

Brethrenと自称した人々は、その組織運営の面でも使徒行伝の

世界の人々が持っていた他の人々とのつながり方と類似した考

え方てを持っていたのだ、ということをこの文章を読みながら、考

えてしまいました。

とはいえ、ダービーを支持したグループとの論争の経緯と当時

流行しかけていた自由主義神学への批判的意識の結果とはい

え、このブラザレン運動の関係者が次第に閉鎖的になっていき、

どちらかというと内向きの論理に支配されるようになったことは、

残念でなりません。本当は、そうじゃなかったのに。

ところで、この終末的思想に深刻な影響を受け、自分には将

来がない、将来に意味が見出せないと思った人にとっては、こ

の地上のものはほとんど意味がないことになった結果、過激な

行動や狂信的な行動に出る方が時に見られます。バランスを

欠き、何らかの考えに振り回されることも過去にはあったと思

います。

特に、最近の尖閣諸島問題に絡み、中国をエゼキエル書に

出てくるゴクだとか、マゴクだとかとかなり無理な比定をした

上で、相当無理な聖書解釈を行われるような方のご主張はご

主張として、受け止めたいと思います。ただ、聖書を解釈する

ことは解釈者個人の自由であると思いますが、それによって

人生を迷走させる方が出てこなければよいなぁ、と思います。

日中関係もきな臭いけど、中東やアフリカ大陸東岸はもっとき

な臭いので、このような終末思想に振り回されない方が一人

でも多く増えることを期待したいと思います。

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