ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンの発展史

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Tim GrassのGathering in His Nameの中p.168からDoctrial Disctinves

(教理上の特徴)のうち、終末の出来事についての記載を紹介しながら、

考えてみたいと思います。

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Chapmanは、この大会の開催の呼びかけ人の一人であるが、字義通

りの千年王国主義の概念を否定しており、キリストの再臨は、大艱難時

代の前というよりは、大艱難時代の後であるという立場に立っていた。

彼は、どちらかというと部分携挙(信者の一部が天に上がり、ある部分

は残される)という立場に立っていたことは明らかで、Barnstapleの集

会(教会)でこの教えを持ち込むことにより分裂をもたらすようなことは

しなかった。また、ジョージ・ミューラーは再臨前に反キリストが現れる

ということは、信者は大艱難時代を通ると予測していた。1893年の霊

的な助けのための証として、Newtonの書いたものをミューラーとミュ

ーラーの奥さんが受け取った時に、彼らはその内容に驚かなかった。

とはいえ、彼の最晩年には、ブラザレンの伝統的な終末論を持つよう

になった。

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ここにみられる文章のように、終末論と言っても、実に多様であったこ

とが分かります。Chapmanの著作はいまだに読み継がれている影響力

のあるブラザレン派の著者の一人ではありますが、部分携挙という立

場をとっていたり、大艱難時代の前に置いたと考えられることなど、意

外と予想外の部分があったのは、ある面、私にとって新鮮な発見でし

た。ミューラーも最晩年はブラザレンの伝統的な終末論の立場に移行

したというものの、艱難後再臨説であったということも新鮮な発見で

した。

その意味で、多様な考え方であっても、ある程度の一体性が保たれ

たというところこそが、初期のブラザレンの美点であり、できることなら、

現代の日本においても、このような考え方が維持されていくといいなぁ、

と素朴に思います。

Tim GrassのGathering in His Nameの中p.168からDoctrial

Disctinves(教理上の特徴)のうち、終末の出来事についての

記載を紹介しながら、考えてみたいと思います。

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 Chapmanは、終末に関する大会の開催の呼びかけ人の一人で

あるが、字義通りの千年王国主義の概念を否定しており、キリス

トの再臨は、大艱難時代の前というよりは、大艱難時代の後であ

るという立場に立っていた。彼は、どちらかというと部分携挙(訳者

註:信者の一部が天に引き上げられ、ある部分は残される)という

立場に立っていたことは明らかで、Barnstapleの集会(教会)に、こ

の教えを持ち込むことで分裂をもたらすようなことはしなかった。

また、ジョージ・ミューラーは再臨前に反キリストが現れるというこ

とは、信者は大艱難時代を通るということであると予測していた。

1893年の霊的な助けのための証の中で、Newtonの書いたものを

ミューラーとミューラーの奥さんが受け取った時に、その内容には

特に驚かなかった。とはいえ、彼の最晩年には、ブラザレンの伝統

的な終末論を持つようになった。

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ここにみられる文章のように、終末論と言っても、初期のブラザレ

ンの代表的な信者の間でも、実に多様な解釈があったことが分か

ります。Chapmanの著作はいまだに読み継がれている人物で、

現在でも影響力のあるブラザレン派の著者の一人ではあります

が、部分携挙という立場をとっていたり、その携挙を大艱難時代

の前に置いたと考えられることなど、意外と伝統的に主流派の

考えと相いれない教理の理解をしていた部分があったのは、あ

る面、新鮮な発見でした。ミューラーも最晩年はブラザレンの伝

統的な終末論の立場に移行したというものの、艱難後再臨説で

あったということも新鮮な発見でした。

その意味で、多様な考え方であっても、ある程度の一体性が保

たれたというところこそが、初期のブラザレンの美点であり、今後も、

このような考え方がブラザレン派の信徒の間で、維持されていくと

いいなぁ、と素朴に思います。

Tim GrassのGathering in His Nameの中pp.167-168からDoctrial

Disctinves(教理上の特徴)のうち、『終末の出来事』についての記

載を紹介しながら、考えてみたいと思います。

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ブラザレンの起源における終末論的な考え方の果たした役割

について過剰に反応する必要はないにせよ、コンゲルトン卿(ブラ

ザレン派に属した英国貴族の一人)の評価として、「ブラザレン派

の考え方においては、前千年王国主義以外の考え方を持ったこ

とがない」と記録されているが、このことは疑う余地がないほど、

事実といってよい。この終末論の考え方は、進歩についての現代

の考え方から、彼らを引き離し、伝道熱心さを形作り、多くの指導

者たちの社会との関係性についての態度を形成した。救済論で

もふれたように、ブラザレンの終末論は、現在あるものの改良と

いうよりは、(古いものが新しいものと置き換わるという)置換のモ

ティーフによって彩られている。Open派でも、Exclusive派でもブラ

ザレン派の現在の主流派は、ディスペンセーション(天啓史観)的

な前千年王国主義である。しかしながら、最初のころは、他の考

えを持つ人もあり、Leominsterで1887年に開催された大会では、

これらの預言についての考え方の不一致が議論され、再臨前に

神の歴史への介入があるかどうかに関する議論が行われた。

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この終末論の考え方については、Grassが指摘するように、あ

まり過剰反応する必要がないものの、ブラザレン派の人々と話

すときには、相手が非常に熱心に終末とその預言について語り

始め、とうとうと聖書に根拠があるとブラザレン派の人々が考え

ている内容を聞かされるに近い状態に置かれる可能性がある

ので、この終末論をあまり根掘り葉掘り細かな点まで議論する

ことは避けたほうがよいのでは、と思います。もちろん、だから

と言って終末論を考えたりしてはいけない、とか、終末論は重

要ではないということを主張しているわけではありません。しか

し、終末論については、聖書があまり明確な表現があるという

内容ではないこともあり、かなり解釈の多様性がある部分でも

あるように思います。終末論のあまり細かい議論で揉めて、本

来見なければならない神やイエスへの関心が薄まるのは、あ

まり賢明ではないかなぁ、と思います。

で、個人的にどうかと言われると、聖書的な根拠があるとい

う確信はありませんが、前千年王国かもしれないなぁ、そうだ

ったらいいなぁ、とは思っています。個人的には、新しいもの

が突然置き換わるというようなことはあまりないかもしれない、

と思いますし、その日を息を殺して待つのではなく、ある程度

地上のことにも積極的にかかわっていくことが大切かなぁ、と

思います。そのせいで、聖書への理解を深めることや、キリス

トとの関係がおろそかになるのは、いかがかとは思いますが。

要は、バランス感覚なのかもしれません。


Tim GrassのGathering in His Nameの中p.167からDoctrial

Disctinves(教理上の特徴)のうち、神の律法についての記載

を紹介しながら、考えてみたいと思います。

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主の日(日曜日)は、人がしたいことをする日ではないとされ

ていた。The Believer's Magazineによれば、その日は、仕事や

レクリエーション、観光や、レジャーの旅行をするのではなく、

聖餐式後には、聖書を学んだり、教えたり、助けの必要な人

を尋ねたり、伝道の働きをしたりするときであり、それ以外の

ことをする時間はない!としていた(訳者註:原文にGrassに

よる!が付与されていました)。しかしながら、これらのことが、

繰り返し学びや大会で述べられていたことは、多くの集会で

かなりの人数が、日曜日が主張されるような目的のために使

われていなかったことを示している証拠であろう。このことは、

夜の福音集会に参加しない信者たちへの不満の表明によっ

ても例証されることとなる。


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この辺の一生懸命さがブラザレンの特徴のような気がします。

いまだに、このような雰囲気は日本のブラザレンの中に残ってい

るように思います。全ての信者がそこまでまじめでないことはあ

る可能性がありますが、精神性としては、似たような精神性があ

るように思います。ただ、この精神性は、時に外部から何らかの

理由(たとえば、結婚、転職、他の類似教会がないための参加)で

キリスト集会に一時的に参加された信者さんにとって、びっくりさ

れる原因や居辛くなる原因にもなりかねません。伝道のために

死をも恐れず、それこそ、講壇の上で倒れることが夢という信者

や伝道者の理想像や、「撃ちてし止まん」みたいな戦時体制的な

精神性というか美意識は高齢の信者や伝道者などの精神構造の

こどかにいまだに残響のように響いている方々もおられるような気

がします。逆に言うと、この精神性に賛同したり、このような精神性

を受け入れられる人がブラザレン運動には多いように思います。

その点で、一生懸命さが余裕のなさとも映る場面も時々で会うよ

うな印象がないわけでもありません。


Tim GrassのGathering in His Nameの中p.167から

Doctrial Disctinves(教理上の特徴)のうち、神の律

法についての記載を紹介しながら、考えてみたいと

思います。

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律法のうち安息日に関する問題に関しては、安息日

の順守はビクトリア朝時代の福音派の大きな特徴の一

つであり、スコットランドの長老派は信者にとって、考え

るべきことは、モラル上のものであるとされていた。ブラ

ザレン派の考えでは、日曜日は主の日であり、キリスト

者の安息日ではないという理解であった。彼らの考え方

では教父たちは安息日と主の日を分けていると主張した。

Caldwellは安息日は、キリストにおける信者の安息をあ

らかじめ示したものであり、週の初めの日を順守するこ

とは、キリスト者の特権であり、安息日の習慣を順守す

る必要もなく、主の日を守ることは未信者には、関係が

ないとされていた。

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このあたりの安息日の感覚は、炎のランナーで確認でき

ます。炎のランナーでは、リデルズというのちに中国伝道

に行くスコットランドの改革派と思われる伝道者が短距離

ランナーとして出てきますが、彼が、日曜日にサッカーを

しているサッカー少年をとがめるシーンがありますが、この

シーンは、ビクトリア朝以降のスコットランドでの安息日の

理解を表したものといえると思います。このリデルスは、

パリオリンピックに出るのですが、英国皇太子が出てきて

彼が日曜日にオリンピックの100m競争に出場するように

説得しても、神が日曜日は聖なるものとしている、というこ

とで、レースに出ることを断わり、パリのスコットランド教会

で説教をするシーンが出てきます。本当に説教をしたのか

どうかは確かめられませんが、リデルズが100m競争では

メダルをとらず、200m競争でメダルを取ったこと、中国伝道

に行ったことと、その後の内乱期に行方不明となっているこ

とは確認できます。

この安息日についての考え方は、現在の日本のブラザレン

派の中でもある程度生きており、ブラザレンの信徒の職業選

でもふれたように、日曜日の出勤のある仕事は避けるべき

と理解している方は多いと思います。


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