ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンの発展史

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Tim GrassのGathering to His Nameの中p.175からブラザレン

文化に関する部分、The Emergence of Settled Patterns of

Assembly Life and Worship(集会生活と礼拝のパターンの成

立)の中のA Typical Sunday(典型的な日曜日)についての記

載を紹介しながら、考えてみたいと思います。

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ブラザレンの日曜日(彼らが用いる語を使えば主の日)は、他

の非国教会の教会と同様に非常に多くのプログラムで満ちて

いる。しかし、異なるタイプのプログラムでのバランスがある程

度とられたものとなっている。もっとも大切であるとされている

のが、聖餐式であり、そこでは、主の食卓とも呼ばれ、最も卓

越したプログラムとして理解されている。

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こういう考え方で育てられた信者の方々には、聖餐式が毎日

曜日にない教会は、物足りないと感じる人が多いようです。私

自身は、具体的なパンを食べることよりは、神との交流という

側面を重視したいと思っていたし、思っていたので、聖餐式が

ない日曜日ということに、特段違和感はありませんでした。それ

はそんなもの、という思いもあったからです。

ところが、毎週聖餐式をしない教会について、毎週聖餐式をし

ないがゆえに、その教会は聖書的な運営をしていないから、間

違っている、とお話になられる方のおはなしをおききしたことが

ありますが、さまざまな背景の中で、そうなったのであるので、

個人的にはそこまで言わなくてもいいんじゃないかなぁ、と思います。


Tim GrassのGathering to His Nameの中p.175からブラザレン文化に

関する部分、The Emergence of Settled Patterns of Assembly Life

and Worship(集会生活と礼拝のパターンの成立)の中のJoining the

Assembly(集会への所属)についての記載を紹介しながら、考えてみ

たいと思います。

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信者はすべからくバプテスマを受けるべきで、そして信者のみが交わり

の中に入れられるべきであるという考え方を示したAJH(Northern

Witness, Vol. 9, 1879,pp60-61)という人物もおります。このような考え方

は、ヴィクトリア朝時代の個人主義の影響をある程度受けたものであり、

外見から見た行為により、その人の信仰が死んでるため、集会の受け

入れができないという判断に至ることができるとすることに反映されて

います。

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 外見的な行為の問題と信仰の問題は、実は意外と難しい問題を含み

ます。Grassは明言していませんが、この問題は、飲酒問題、飲酒をす

るか否かが霊的な判断基準の一つになっていることと深く関係していま

す。現代のブラザレン派では、積極的に飲酒は勧めないものの、飲酒

そのものを積極的に否定しない方々もおられます。私が信仰を持った

1970年代当時には、周りは飲酒を積極的に否定するばかりでした。そ

う、酒瓶を割って回る勢い、とでもいいましょうか。現代の日本では、こ

のあり、個人の信仰における判断に任せられているという立場の方が

多く、消極的反対というのが、基本的な雰囲気だと思います。

 AHJの論文が書かれたころは、アメリカでは禁酒法が生まれつつあ

る時代で、大英帝国管内では、失業者による飲酒とアルコール中毒者

の存在が大きな社会問題となった時期でもあり、このあたりの影響を受

け、アルコールの摂取への否定的視線が影響しているのだと思います。
 
Tim GrassのGathering to His Nameの中pp.174-175からブラザレン文化
 
に関する部分、The Emergence of Settled Patterns of Assembly Life
 
and Worship(集会生活と礼拝のパターンの成立)の中のJoining the
 
Assembly(集会への所属)についての記載を紹介しながら、考えてみたい
 
と思います。
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信者はすべからくバプテスマを受けるべきで、そして信者のみが交わり
 
の中に入れられるべきであるという考え方を示したAJH(Northern Witness,
 
Vol. 9, 1879,pp60-61)もおります。この考え方は、ヴィクトリア朝時代の個
 
人主義の影響をある程度受けたものであり、外見から見た行為により、そ
 
の人の信仰が死んでるため、集会の受け入れができないという判断に至
 
ることができるとすることに反映されています。
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  外見的な行為の問題と信仰の問題は、実は意外と難しい問題を含みます。
 
Grassは明言していませんが、この問題は、飲酒問題、飲酒をするか否かが
 
霊的な判断基準の一つになっていることと深く関係しています。現代のブラ
 
ザレン派では、積極的に飲酒は勧めないものの、飲酒そのものを積極的に
 
否定しない方々もおられます。私が信仰を持った1970年代当時には、周り
 
は飲酒を積極的に否定するばかりでした。そう、酒瓶を割って回る勢い、と
 
でもいいましょうか。現代の日本では、このあたり、個人の進行判断に任せ
 
られているという立場の方が多く、消極的反対というのが、基本的な雰囲
 
気だと思います。
 
 AHJの論文が書かれたころは、アメリカでは禁酒法が生まれつつある時
 
代で、大英帝国管内では、失業者による飲酒とアルコール中毒者の存在が
 
大きな社会問題となった時期でもあり、このあたりの影響を受け、アルコー
 
ルの摂取への否定的視線が影響しているのだと思います。

Tim GrassのGathering to His Nameの中p.174からブラザレン

文化に関する部分、The Emergence of Settled Patterns of

Assembly Life and Worship(集会生活と礼拝のパターンの成

立)の中のJoining the Assembly(集会への所属)についての記

載を紹介しながら、考えてみたいと思います。

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信者のバプテスマの問題は、おおむねほとんどのオープンブラザ

レンでは、所属の問題とは公式的に関係してはいないとされ、信

者の個人のキリストへの服従の問題としてとらえられている。この

理解は、多くのバプティストとほぼ類似のものである。とはいえ、ブ

ラザレン派はバプティストの一分派と理解されることを避ける。バプ

テスマは、聖餐式参加のための基準であることはブラザレン派では

否定される。Caldwellは、バプテスマは主に喜ばれるためのもので

あり、キリスト者集団に属することとは別である(Witness, 34(1904),

p.99)、と主張している。

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確かに、所属の問題とバプテスマの問題とは、別であるという側面も

ありますが、実質的にこの問題は、深く関係するだけに、バプテスマに

ついても慎重を期す場合があります。実際、ある教会(集会)でバプテ

スマを受けたら、その教会(集会)の聖餐式には参加するわけで、また、

バプテスマを受けているといえば、多くの教会で聖餐式に参加するこ

とができるわけで、実質的な所属の問題と深く関係します。ただ、バプ

テスマを受けた教会での信仰生活は、その教会がかなりの形でその

バプテスマを受けた人の生活、信仰生活と霊的生活の支援をすること

が可能であるという側面もあり、所属のよって生じるような課題ほど、

他の考え方を持ちこまれて困るといった側面はないことが多いので、

所属よりは厳密に考えるということはあまりないように思います。

Tim GrassのGathering to His Nameの中p.174からブラザレン

文化に関する部分、The Emergence of Settled Patterns of

Assembly Life and Worship(集会生活と礼拝のパターンの成

立)の中のJoining the Assembly(集会への所属)についての

記載を紹介しながら、考えてみたいと思います。

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全てのキリスト集会が、このようなややこしいプロセスを維持した

わけではない。しかし、多くの集会では、参加を希望する信者に

責任をとる信者に対して証を話すことを求めた。この方法の一つ

の問題は、彼らの進行が確かなものであっても、話す能力が限ら

れる人々にとってはこうすることが難しいことである。逆に、流暢

に話すことができるものの、霊的生活に欠けている信者の受け入

れの場合、個人の霊的生活の不足は集会の人々にはわからない。

霊的な生活の低迷が明らかになって初めて、問題が明らかになっ

てしまう。

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Grassが指摘するように、うまくお話しされる方の信仰の問題、

というのは、かなり深刻なんですね。そのため、その人の実際の

信仰の姿、をかなり時間をかけて確認する必要があります。具

体的には、集会の参加状態、他の信者との会話、その語る内容、

聖書理解のかなり細かなところ、具体的な参加や関与の状態、

そこに現れる信仰態度、祈りの内容など、様々な側面を慎重に

検討します。日曜日が主に状況を知るきっかけになりますから、

かなり、参加に時間がかかることもこれまた事実で、中には、

すぐに受け入れてもらえないことに対して、不満に思う方も

おられるようです。


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