ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

聖餐式

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聖餐式についての理解とその特徴など
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ブラザレンの聖餐式で、定まった順序やプログラムがないのは、聖霊の導きを重視するというその神学的な理解から来ています。

プログラムを決め、プログラムどおり進行しようとすることのあまり、聖霊が働く余地を狭める可能性があることは事実です。ブラザレンでは、聖霊にすべてをゆだねて進んでいく、という精神が重要であるとされていますので、プログラムを定めずに、聖霊に導かれるまま祈り、賛美し、聖書を開けるという習慣がありますので、誰が祈るか、どの賛美歌を歌うかなどのプログラムを定めることができないのです。

聖霊に導かれるということを待つため、祈りの間に空白の時間、沈黙の時間がながれることがあります。また、礼拝の間祈ることができるのは、男性信者だけとされているので、男性信者が少ない場合、この沈黙と祈りの時間がかなり長い時間、流れることになります。

また、プログラム自体がないので、男性信者が同時に声を出すことがあり、それはそれで気まずい思いをすることが時に発生するという点があります。

この聖霊の導き、というのはブラザレンにとって、非常に重要視されています。その分だけ、時に間違って、用いられることもあり、問題を生むことがあります。聖霊の導きといわれた段階で、すべての議論を終わらせてしまうだけの強さを持った言葉です。

聖霊の導きは、重要ですが、聖霊の導きは、第3者から確認しにくい、霊の働きなので、それをどのように考えるか、ということは問題になることも少なくないようです。この傾向自体は、ダービーに特に強く、具体的なアドバイスがないまま、概念的なことだけが述べられるため、少なからぬ混乱があったようす。

一般の教会の聖餐式では(といってもいったことがあるのはプロテスタント系のいくつかしかありませんから一般化はしにくいのですが)、教会のホール正面の一段高いプラットフォーム上にパンとぶどう酒が置かれます。

一般の会堂の場合、そのプラットフォームに平行に並ぶ形の長いすに信者が座り、ちょうど映画館や講堂のような感じの場所で聖餐式が行われます。


たいていの教会では、小さなガラス製またはプラスチック製のコップにぶどう酒が注がれ、クラッカー上の小さなパンが、ステンレスまたは銀製のやや平ためのボールに入って、パンとぶどう酒の給仕係から、順次手渡される感じで、回ってきます。

ブラザレンの聖餐式では、大きい教会では、このような形がとられることもありますが、もともとCroninなどがはじめた家庭集会、家庭聖書研究会から発生したこともあり、また、主の晩餐がテーブルを囲むように座っていた(正確には寝転んでいた)とされていることもあり、パンとぶどう酒を取り囲むようにイスが配置されなおされます。

こんなことができるのも、教会(集会)が小さいときだけで、教会(集会)が大きくなれば、こんなことはしていることはできないので、大きなブラザレンのグループでは教会式に、信者がパンとぶどう酒を囲む形ではなく、パンとぶどう酒に正対するという形をとるところもあります。

ただ、このように並べることで、信者の間に微妙な連帯感が生まれると同時に、パンとぶどう酒を囲み、これら守る一種の戦士のような意識を持つような部分もあり、これが、また、他者への排除とつながるので、形とはいえ、いろいろな効果を人間心理に有無のだなぁ、と最近は考えます。

ブラザレンの聖餐式

ブラザレンの聖餐式には、基本的にプログラムが一切ありません。
イギリスの独立型ブラザレンでは、Morning Meetingとよばれ、日本では、聖餐式、パン裂き(集会)、礼拝などと様々な呼ばれ方をしていますが、要するにパンとぶどう酒(ぶどうジュースの場合も)でキリストの死とそこにある恵、またキリストの復活を記念する儀式ですが、この集会にはプログラム、誰が祈るか、などを決めないことが多い(例外ももちろんあります)ようです。

国教会及び、諸派の教会では、週報が配られ、どのようにプログラムが進行するのか、を明白にしているところが多く、賛美歌の順番、どのような話がなされるのかなど、かなり綿密なプログラムが事前に定められ、それに沿って、運営が行われるのが普通です。

また、国教会系の教会及び諸派においては、聖餐式のなかで、牧師や説教者の聖書講解や福音の解説の時間が、一定程度(30−40分)あるのが一般的ですが、ブラザレンにはそれがなく、祈り、沈黙、賛美、沈黙、聖書朗読、沈黙、祈り、沈黙、祈り、沈黙、賛美といったように祈りと賛美と、時に沈黙が中心になります。

なぜ、この時間に国教会系の教会や諸派の教会のように、プログラムがないかというと、使徒時代に聖霊に満たされて祈ったというような記述が使徒の働きの中に出てきますので、それにそのまま従って、聖霊に満たされて祈ることを理想としているからです。

また、純粋に聖書に、神の導きに従おうとすることから、教会の伝統や必要に応じて試みられてきた方法について、否定的なのが、このグループの特徴であることは、以前記載したとおりです。その結果、全ての人間的な工夫といったものは、すべて『悪(evil)』だ、というダービーとその同調者の理解もあるので、人間的に作られる事前のプログラムを作成するなどは論外、聖霊の働きを著しく損なうものである、また、聖霊に逆らうものであるというような理解が述べられることもあります。だから、事前にプログラムや、祈りの担当を決めるなどということが、そもそも想定できない集団なのですね。

聖餐式とブラザレン

聖餐式は、クリスチャンにとって、重要なものですが、ブラザレンにとっては、普通の教会に比べると、その重要度はさらに高くなっています。

つまり、聖餐式はきわめて重要で、非常に聖なるものだという認識がブラザレンに共通しています。ある面で言えば、教会で行われるさまざまな日曜日に行われる行事の中でも、その極みであるという印象あるいは認識をお持ちの信者の方が、また教会(集会)が多いです。この聖餐式に出るためだけに、遠方からわざわざ通われる信者の方が居られます。

この聖餐式では、普通の教会と違うのは、賛美、祈り、聖書朗読が時間のかなりの部分を占め、非常に短い聖書の解説が時に含まれることがありますが、非常に長い賛美と祈りの時間がもたれることが特徴です。大半の集会の場合、このような祈りや賛美の時間が、40分から1時間程度もたれたあと、聖餐式のハイライトであるパンとぶどう酒に信者は預かることになります。パンのための祈りがあり、パンがまわされ、ぶどう酒のための祈りがあり、ぶどう酒(場所によってはぶどうジュース)が回されることになります。ただ、このブラザレンのグループには、独立型(開放型)ブラザレンが多く、それぞれが独自に聖餐式のスタイルを形作りながら、活動しているので、実際にはかなり多様です。

聖餐式がなぜ、このようなスタイルで行われるのかについて、また、機会を改めて解説していきたいと思います。

聖餐式について

明日は日曜日です。

聖餐式について少しまとめたいと思います。

聖餐式は、ブラザレンでは、毎週日曜日に聖餐式をします。カトリックでは毎日します。そこから分離した英国国教会(聖公会)では毎週日曜日にします。さらに、英国国教会から分離したブラザレンも、毎週日曜日に聖餐式をします。諸派では、月に1回のところから、年に数回のところまで、幅が多様です。

で、なぜ、ブラザレンでは、毎週日曜日に聖餐式をするのでしょうか。この疑問、誰も思っていないかもしれないし、そんなもんだと思ってしているかもしれませんが、ブラザレンの毎週日曜日の聖餐式の根拠って、多分に国教会からの伝統を引きずっているに過ぎないように思います。これには、もともとブラザレンの初期の段階で、ブラザレン運動を引っ張っていった指導者というか代表的な人物に国教会関係者及び国教会の司祭職がやたらといること(ダービーもそうですし、それ以外にもやたらといます)が大きく影響しているものと思われます。

聖餐式の起源は、もちろん、主の晩餐です。主の晩餐は、イエスが安息日(金曜日の夜から土曜の夜)になる前に十字架から下ろされたことから考えると、木曜日の夜以前に行われたと想定されます。

そもそも、ブラザレンがなぜ、毎週日曜日に限定してしまったかというと、

使徒の働き20章7節(新改訳聖書第2版による)

週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。

というところから来ています。

しかし、この部分は、毎週開いていたとも取れますし、そうでないとも取れます。ただし、英訳聖書で、この時代の人々が主に利用していた欽定訳(King James Version)では、

And upon the first day of the week, when the disciples came together to break bread,...

と露骨に日曜日の朝にわざわざ聖餐式のために集まるという印象を与えるような訳になっています。だから、国教会の人たちは、毎週集まるのが当然じゃん、と成りますし、これが聖書だ、と思って読み込んでいくブラザレンの人たち(ブラザレンが運動し始めたころには、この欽定訳聖書しかないので、それを読んでいたブラザレンに人たちは)日曜日に集まるのが、聖書に純粋に従うことになるわなぁ、ということに成ります。そりゃ、欽定訳は、毎週日曜日に聖餐式をするということを始めた国教会が訳したので、こうなっているように思います。
 
そうそう、ところで、英語の聖書で最も権威あるとされている(というよりかは、昔から使われているために一番たくさんの人が使っているだけ)欽定訳は、国教会の独自訳というよりは、個人的には、ティンダル訳のぱくりとしか思えないところもいっぱいあるので、ティンダル訳をもとに、修正した翻訳なのでしかたがないのだと思います。(ティンダルはかわいそうな人なので、ぜひ、この人の努力を埋もれさせてはいけないと思います。日本では知る人があまりいなくって、この人への評価が確立していないのが残念ですが。)

かっとんでいるのは、Today's English Version

On Saturday evening we gathered together for the fellowship meal.

土曜の夜に信者仲間が晩ご飯を食べるために集まった。この理解には、異論たらたらあるでしょうが、もともと聖餐式は、信者仲間のご飯会です。使徒の働き2章26節には、毎日食事をしていた。これが出発点です。お食事会なんですよ。だから、コリントで、聖餐式と称しながら酔っ払っている馬鹿がいる。食べ方を考えずに後から来た人には食べるパンが回っていかない、などとパウロ君に怒られる羽目になるんですね。コリントの人々は。

で、中道をいっているのが、New International Version(個人的にはこれが一番好き)

On the first day of the week we came together to break bread

ギリシア語の雰囲気に近いのも、これかな。どちらとも取れるようになっている。Luke君がもうちょっときちんと書いていてくれればとはおもいましたが。
はい、聖餐式は、昔は安息日明けの夜に行われていたようですね。基本的にユダヤ人社会の中の人々が多く含まれる集まりだったことを考えると、週の初めの日は、安息日あけの土曜日の夜、と考えるのが普通でしょう。週の初めの日は、安息日開けの土曜日の夜が正解でしょう。だからこそ、このあとパウロの話をうとうとしながら聞いていたユテコというおにいちゃんはおちてお亡くなりになりますし、パウロ君が発見し、生き返ることになります。いくらなんでも、ユテコが落ちたのは、日曜日の夜とは思えませんし。集会を朝から晩までやっていたら、誰だってユテコ君状態になるような気はしますが。

で、日曜日に週の初めの日が移行してしまったのは、どちらかというとローマ時代に入ってからのようで、この辺でも、すり替えがあるのですね。日曜日がローマ帝国における公式の休日だったようですから。

で、何が言いたいかって?
そう、聖餐式をいつ開くか、という重要な判断だって、文化とか歴史的経緯とは無縁ではないって言うこと。すなわち、ブラザレンの一部の方は、この辺りのことを知らずに聖書的聖書的って、われわれこそ、新約時代に行われたと同じように(聖書のとおり)、実現しているキリスト者集団だ、と言うけれども、何が本当に聖書的なのか、何を守らなきゃいけないのか、ということは、結構思い込みや、先輩信者からの刷り込みや、その時々の判断に左右される可能性がある、ということを忘れてはいけないということでした。

新約時代の正当な聖餐式を実現している、というのであれば、そりゃ、使徒の働き2章にある毎日聖餐式スタイルが、一番正当なんでないの。だとしたら、日曜日にこだわる必要はないし、ブラザレン運動の成立期に深く関与しているCroninたちは、月曜日にやっていたようだし。

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