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石濱さんの戦後の活動として、というわけではありませんが、石濱さんは実直な方でもあり、うそとか妥協的なことが大嫌いでした。払うものは払うし、払えないものは、払えないという立場を取られた方でした。 |
石濱義則さんの思い出
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石濱さんは、歯医者さんとして活動しながら福音を語っていかれましたが、思い込んだら、そのとおり、原則を維持しようとする頑固さと言うのか、純粋さと言うのか、教条主義的な行動と言うのか世間から見たら(クリスチャンから見ても)ちょっとなぁ、と思う行動を平気で取れた方でした。 |
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戦後の石濱さんは、ラジオ伝道、トラクトの作成、英語による聖書研究会による伝道、実際の福音メッセンジャーとして日本各地での奉仕と、元結核病患者と思えないほどの活動をされます。 |
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戦後、中国伝道が、中国共産化に伴って困難になったため、A.L.Dexterさんご夫妻が、神戸の伝道のために1950年代から神戸での伝道活動に参加されます。神戸の三河口町にある集会所で、一緒に伝道活動を行われます。 |
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戦後の石濱さんの伝道スタイルは、路傍伝道であり、太鼓をたたいて、肩かけ型の拡声器で聖書を読んで、通行人に福音を語ると言うスタイルです。多くのプロテスタントでも以前はよくされた方法論でした。昔は、のんびりした時代だったようで、結構聞いてくれる人々も多かったようです。 |




