|
石濱さんは、ご高齢になっても、金平町のご自宅兼診療所から、集会(教会)まで歩いて通っておられました。毎週、毎週。 |
石濱義則さんの思い出
[ リスト | 詳細 ]
|
1970年代後半から1980年代初頭にかけて、ブラザレンの中で、再臨に対する期待が極めて高くなりました。 |
|
石浜義則さんと中東和平との関係で思い出深いのは、クリスチャンとして有名であった、また発言の節々にクリスチャンらしい言動をにじませていたジミー・カーターに手紙を出して、中東和平を推進するように手紙を書いたら、ホワイトハウスから本当にお返事が来たことです。 |
|
石浜義則さんは、イスラエルの進路に非常に興味を持っていたようです。1970年代には、ヨムキプール戦争があり、イスラエルの行方に非常に興味を持っていたようです。1970年代は、ブラザレンのみならず、イスラエルのあり方に多くのクリスチャンが興味を強く持った時代でもありました。 |
|
石浜義則さんは、イスラエルに行って、現地でレビ(ユダヤの祭司)にあって、旧約聖書に関する話などをしたようです。そして、ヘブル語での詩篇の読み方やエゼキエル書などの読み方などを教えてもらい、全ての聖書の場所が、音楽のように節がつけられ、覚えられていたということを改めて感じたようです。(ここも修正です。石濱ミカルさんからの情報によります。当時、石濱ミカルさんがイスラエル留学と言うこともあり、神戸に今もあるユダヤ人シナゴーグのラビやそこに出入りしていた人々など、関係者とのお付き合いがあり、旧約聖書の音読したものを入手されたようです。それを元に、我々にヘブル語について、お話してくださったことから、ああやっぱり、イスラエルにいっておられたんだ、という記憶にすり替わったようです。謹んで訂正しますとともに、情報提供いただいた石濱ミカルさんに心から感謝申し上げます。ありがとうございました。しかし、やっぱり記憶だけに頼るとどうしてもこうなるのがつらい。) |





