ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

石濱義則さんの思い出

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日本のブラザレン形成において、非常にユニークな活動をした石濱義則さんの問わず語りの記憶など
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石濱義則さんの信仰の為に治安維持法違反や不敬罪による投獄もなんともしなかった破天荒とも言うべきクリスチャン人生を支えたのが、石濱シナヨさんでした。

腕のいい歯医者さんとはいえ、治安維持法違反や不敬罪で投獄されているときには、収入はありませんから無収入の中で、お子さんを3人育てられたのは、本当に苦労の耐えない生活という表現がふさわしいと思います。

また、戦後活動が自由になったら、なったで、結核で片肺がほとんど機能しない状態で病弱の身でありながら、日本全国あちこちを飛び回りながら、仕事半分そっちのけで伝道して言ったわけですから、これまた大変は大変だったようです。

石濱シナヨさんもお会いしていたころ、何度も入院されたりしていた記憶があります。

それでも、神様の奉仕のために飛び回る(という表現が適切かなぁ)生活をしておられた石濱義則さんに代わって淡々と神戸のご自宅を守っておられたのだなぁ、と思います。

その石濱シナヨさんが、石濱義則さんを呼ぶときは、本人を目の前にしても、ご不在のときも、いつも「おとうちゃん、お父ちゃん」と呼んでおられた事が、妙に印象的でした。とっても愛情のこもった表現だったことを思い出します。

今日、ちょっとショッキングなニュースが入ってきました。石濱さんという、今の基準から言えば破天荒とも言うべき信仰者の生活を誠実にかつ心から安心して活動することを支えておられた石濱シナヨさんがなくなられたというニュースです。

すでに百歳を超えておられて、体調もあまりよくなかったようですが、先週、神の御国に戻られたということでした。

私が最初にお会いした頃(当時私は幼稚園児)は、多分60歳くらいの頃で、髪の毛に少し白いものが混じっておられたことを思い出します。

石濱シナヨさんは、石濱さんが全国に伝道のためあちこちに行かれる中、石濱さんのご自宅を守り、集会のさまざまな用事をこなししておられました。

多分、聖餐式のときに使うパンを焼く仕事は私が子供だった頃は、主に石濱シナヨさんがご担当だったようです。

石濱シナヨさんの被り物は、長めのレースではなく、正方形に近い四角い被り物だったように思います。

しばらくは、シナヨさんとの思い出を書いていこうと思います。

そして、残されたご家族の皆さんの上に、豊かな慰めがあるように、心から祈っております。

金曜日の朝4時頃、尿路結石の発作に襲われ、脂汗は流れるは、痛みのために寝ていることもままならないという苦しみに襲われ、病院にいって、診察を受けたところ、尿路結石だろうけど、結石自体がX線でも超音波画像診断でも見つからないので、何度もX線写真を取り直してみたものの、結局結石が発見されず、結局座薬で痛み止めをしてとりあえず様子を見てください、ということになりました。

病院から出たのが、1時近かったのと、座薬を入れても、なかなか痛みが取れないのと、寝不足のため、結局年休を一日取得することにしました。いやぁ、あの痛みは、厳しかった。

それで、家に帰って石濱さんの自叙伝をひっくり返しながら、もう一度読み直してみたとき、ひとつのことを思い出しました。それは石濱さんの靴です。

子供のころの記憶なので、あまり定かではないのですが、石濱さんは、ソールがゴムでできたはいたり脱いだりが楽な白か紺のズック靴(いまだと1000円程度で売っているいちばん安い運動靴)で、集会に毎週来ておられました。何で、記憶に残っているかというと、下駄箱と玄関の掃除が、私の仕事のひとつだったからです。他の方は黒の革靴が多かった記憶がありますが、石濱さんは、ゴム底のズック靴だった記憶があります。

お葬式についての遺言

石浜さんは、ご自分のお葬式について、明確な指示を残しておられました。

どうせ、火葬場で灰になってしまうので、葬式は、自治体が定める標準葬儀の最も安い葬儀をするように、という指示をしておられました。

もちろん、遺影を掲げることも、十字架も掲げないという指示をしておられました。とはいえ、葬儀社との関係だったと思いますが、遺影だけは葬儀の場にあったように思います。また、お花もあまりに標準葬儀ではさびしいということで、ちょっとだけ多めにご用意されたようです。それ以外は、基本、標準葬儀のスタイルだったと思います。

お花料の受付もなく、シンプルなお葬式だったように思います。

石濱さんの直接の思い出ではありませんが、以前集っていた神戸集会(教会)で40代の男性信者ががんになられました。その時期、70代の男性信者ががんで召され、その直後に、40代の男性信者の方ががんになられと、連続でがんの患者の方が出たのでした。

ご高齢の信者のときには、ご家族から希望がなかったのですが、40代の男性信者の時には、奥様から強い希望があり、丸山ワクチンを利用することになりました。

未だに丸山ワクチンは、がんの治療薬として認可されていませんが、当時は社会的話題となっていたものの医師の紹介状が投与のために必要でした。その40代の男性信者の方が入院された病院では、紹介状が書けない、ということでしたので、石濱さんが紹介状を書いて、丸山ワクチンを入手されることになりました。

40代の信者の方は、色々試みられたのですが、結局天に戻られました。奥様は、東北のご出身の方でしたので、男性信徒の方が天に召された後、まだ、幼稚園児だった娘さんを連れて東北に戻っていかれました。

この時期は、毎年のようにお葬式が神戸集会であったような記憶があります。その時にいつもお話されていたのが、石濱さんだったですねぇ。


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