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石濱さんといえば、わかりやすいというよりは、インパクトのある聖書のお話がお得意だった、ということがあります。 |
石濱義則さんの思い出
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石浜義則さんは、独学で、ヘブル語、ギリシア語の勉強を聖書研究のためだけにされたのですが、聖書研究の結果、いくつかの点で、聖書の翻訳問題と取り組んでいかれます。 |
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石濱さんは器用な方だったことは以前にもご紹介しましたが、石濱さんは、その器用さと歯科技巧で培った能力を発揮して、鉛で作ったツボマッサージ健康器具を作っておられました。直径が、10cm高さが7cmの交通安全のために設置する赤いコーンのような形をしたものでした。多分、30年以上前にいただいたものですが、未だに私の母は(肩こりがひどいので)愛用しているようです。 |
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石濱さんの思い出の中に、聖餐式のあとのパンとぶどう酒の処理、というのがあります。当時の神戸の集会では、聖餐式が終わったあと、パンとぶどう酒を片付けるのですが、それはたいてい石濱さんのお仕事でした。 |
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石濱さんの戦争嫌いは、15年戦争中の悲惨な体験が元になっているのかもしれませんが、徹底的な非戦論者、平和憲法の重要性を非常に重視しておられました。ですから、戦争を避けようとした、戦争への介入を避け、中東和平への道を構築しようとした第39代アメリカ大統領ジミー・カーターには一方ならぬ思い入れがあったことは、前にもお話したとおりですが、それ以上に、自衛隊の拡張に反対の意思表明しようとしたという経緯があります。 |



