ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

石濱義則さんの思い出

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日本のブラザレン形成において、非常にユニークな活動をした石濱義則さんの問わず語りの記憶など
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石濱さんの思い出に、一回だけしてもらった日曜学校の記憶があります。当時小学校の3-4年生で、教会(集会)の信者の子供たちが比較的多かったということで、普通の福音集会だったか何かの時に、映画会をして(昔はそれでも画期的だった)そのあとに石濱さんのメッセージがあったことを思い出します。

映画は、神の子供として、どう正しく生きるのか、というちょっと道徳的な映画だったということは覚えていますが、石濱さんは、神様に頼って神様とともに正しく歩むことが一番大事だ、ということを普段よりははるかににこやかに楽しくお話されたことだけが記憶に残っていますが、それ以上の記憶が残っていない。日常的には、かわいがってもらったほうですが、でも、日曜学校でお話を伺うのは、これが最初で最後の機会だったです。

普段は大人向けの顔をして、大人向けの話にいやおうなく参加させられていたので、退屈だった記憶があります。求道者が子供しか居なくても、大人向けであれば、大人向けに語るのが、当時のスタイルでしたから、仕方ないのかもしれませんが。

石濱さんの思い出(9)

これは、実話かどうか、確証はないのですが、ある親類のものが話してくれたお話です。ただ、石濱さんらしいエピソードなので、ご紹介したいと思います。本当かどうかは、確信がありません。その親類はかなりオーバーにものをしゃべる人なので。

その親類が若い時に、虫歯になって、石濱さんのところに治療に行ったそうです。そうしたら、虫歯の治療(虫歯を削る治療)をする段階で、麻酔をしますか、麻酔は要りませんか、と尋ねたそうです。

そのあとの石濱さんから「イエス様は、十字架に釘で両手両足をうちつけられたとき、麻酔はしなかったでしょうね。」といわれたため、麻酔無しで治療を受けたとか受けなかったとか。確証はありませんが、石浜さんらしいエピソードなので、ちょこっとご紹介します。

石濱さんの思い出(8)

石濱さんの思い出の中で、忘れられないのは、14歳の時にバプテスマを受ける信仰確認のときのできごとでした。

当時の神戸の教会(集会)では、兄弟会(男性信徒が集まっていろいろな判断を相談する会)でバプテスマを受ける人に対して、その信仰がどのようなものか(信仰告白)を聞き、確認して、バプテスマとなるのでした。基本的には、これはブラザレン共通にしていることだろうと思います。信仰の告白を聞く人が、男性信徒全体か、複数名からなる責任者だけかという違いはあるかも知れませんが。

で、そのときの石濱さんの私に向かっての質問は、

「肇君、あなたは首を切られてもイエスを信じるといえますか?」

というものでした。結構ビビリながら、『は、はい』と素直に答えたのを思い出します。石濱さんの強烈な体験から出た質問かとは思いますが、それだけ、信仰というのは真剣勝負なのか、ということも思った一瞬でもありました。

で、私は、こんなことを今バプテスマを受けようとする人に聞くのか、と聞かれたら、このような質問は絶対に聞きません。また、普通の集会(教会)でも、こんなことは聞いたりしません。質問の内容は、「あなたとイエスとの関係について自分のことばで表現してください」とお聞きし、そこで出てくる表現について、その方のお考えを少し詳しくお話をうかがうだけですので、心配しないでくださいね。

石濱さんの思い出(7)

石濱さんの思い出の中で、忘れられないのが、義なる神であることがわりと強調されていた点です。

もちろん、神様は愛なる方ですが、それと同じくらい義であるということは繰り返し話しておられました。義であるがゆえに、われわれに対する神からの罪の赦しが重要であるというテーマのお話が強く語られたことを思い出します。


なかなか、最近は、聞き手に合わせて話もするので、神の義を強調することは少ないのですが、最近は特に、この神の義、という問題を語らないといけないのかなぁ、と思うことが多いです。

石濱さんの思い出(6)

石濱さんの思い出として懐かしいものの一つに、オープンリールのテープレコーダーがあります。

結構大きくて、非常に重たい確かソニーのテープレコーダーでした(最初のは、「アカイ」社製のもので、20万円ほどしたそうですが、それが盗まれて、2代目がソニーだったようです。>(ここも遺族の方からの情報提供から、修正を行っています。情報提供ありがとうございました。)私が見たのは、1970年前後だったので、ソニー製しか見たことがなかったのですが、その頃アカイはオープンリールを作っていたんですね。)。お話のたびに、それを持って、録音されていた記憶があります。子供心に、そのオープンリールのテープレコーダーがきゅるきゅる回るのをみて、面白かった記憶があります。

今では、テープレコーダーといったら、カセットテープレコーダーですが、様々なお話の内容をオープンリールで取っておられたことを思い出します。

そして、オープンリールに繋いだ、マイクをおもちになりながなら、お話されていた姿を懐かしく思い起こします。でっかい機械から、頼りなげに延びたマイクの線をお使いになりながら、お話されていました。

あの機械、90年までは、どこか倉庫の中にあった記憶がありますが、あの大震災で、神戸の集会も大きな被害を受けたので、もう、今は残っていないかもしれません。


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