ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

英国史とブラザレン

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ブラザレンとの関連から見た英国史
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ブラザレンと英国史(3)

ブラザレンは、福音宣教や教会運営を職業(プロフェッション)として担当する有給の牧師職をおかず普通の信者が積極的に運営にかかわっていくことが、その特徴のひとつですが、スコットランドでは、炭鉱や漁村で、積極的に活動し、そこでの信者が一定の割合を占めました。

英国社会の産業及び社会の近代化に必ず必要とされる石炭であるとは言うものの、当時の採炭技術の水準から行って、人手に依拠せざるを得ないこと、また、劣悪な労働環境、死と隣り合わせの労働生活など、非常に厳しい環境の中で、当時の炭鉱夫は暮らさなければ成りませんでした。そのぶん、炭鉱夫であるがゆえにわかる苦しみや、悲劇、炭鉱夫ならではの感情の理解などもあったようです。自身が炭鉱夫である信者が、荒くれやすい炭鉱夫に向かって、炭鉱夫同士ならではの共感できるようなことばやわかりやすいことばで、福音を語ったために、数多くの信者が救われていったことがDickson(2003)の Brethren in Scotland 1838-2000 に記載されています。

漁師の場合も同様で、冬の荒れる北海に漁に出るという危険と隣り合わせの生活のなかで、信仰とその結果の救いは、重要な意味をもったようです。

ブラザレンと英国史(3)

ブラザレンは、1820年代に英国といっても、アイルランドで生まれましたが、ブラザレンが、運動として成立し、その立場を急速に拡大していった背景には、産業革命が極めて大きな影響を持ちます。

今で考えれば、十分遅いとはいえ、当時の主要な交通手段である馬車などに比べて鉄道による高速移動がうまれ、移動が非常に容易になったこと、公的郵便などによる情報交流手段があったこと、公教育としての学校教育が始まって、多くの人が文字を読むことになったこと、啓蒙主義の結果としてさまざまな本を読むことが習慣化し始めたこと、印刷技術の開発などもあり、普通の人々の知的水準の向上があったことは、この運動の基礎となりました。

啓蒙主義は、どちらかというと、自由主義神学や人間中心主義、ロマン主義を生み出していったので、本来人と神を離す役割として捉えられることが多いのですが、ブラザレンに関しては、啓蒙主義そのものではなく、啓蒙主義の結果生まれた社会を前提とした運動であると思います。

ブラザレンと英国史(2)

ブラザレン自体は、アイルランドで発生する可能性が最も高かった、ということは前回お話したとおりですが、それ以外にも、1830年代にしか生まれ得なかったという側面があります。

なぜ、1830年代でなければならなかったか。それは、まず、市民社会の成立と従来の特権階級である貴族、宗教者の力が弱体化していなければ、その強力な権威に対抗してまで、市民の側で自ら責任を取ろうという姿勢は生まれ得なかったように思います。

もともと、自分たちでやってみたい、やれるという思いが与えられなければ、ブラザレン運動事態は成立しなかったでしょう。それがあったからこそ、この運動は成立したといえます。

また、市民社会の一部に知識を求める動きがあり、知識がある程度蓄積していったからこそ、自ら福音を語ることができた、といえます。聖書を読みこなすこと、それは、文字が読みこなせればよいというものではありません。聖書とそれを取り巻くさまざまなものを読みこなす知識があったからこそ、ブラザレン運動は成立したといえるでしょう。

この運動の最初の段階の人々はほとんど、ある程度の社会的地位、あるいは金銭的余裕のあった人たちでした。また、国教会の司祭職の人々が大量に流れ込んできていることもあり、これらの人にとっては、聖書をより深く学び、語るためのツールはそれまでの人生の中で、蓄積されてきたものです。

その意味で、普通の庶民の運動というわけでなかったことについては、記憶にとどめるべきかもしれません。

私は、英国史の専門家ではありませんが、ブラザレン運動を研究すればするほど、英国史の理解が欠かせないような気がします。

この書庫では、ブラザレン発展の側面から英国史を見直してみたいと思います。

ブラザレン自体、以前にも紹介したように、英国の国教会の分離運動のひとつとして、生まれたことはそのとおりだと思います。

で、この運動は、イングランドからは出なかったであろう、と思うのです。イングランドにとっては、国家制度と一体化した国教会制度について、問題を感じる場合があっても、それは限られているでしょうし、特段、何か大きな矛盾を感じるということは少ないでしょうから。

Kirk(The Church of Scotland 改革派)の力の強い、スコットランドからも生まれることは無理だっただろうと、おもうのです。もともと、スコットランドは、非カトリック的な教理を持つグループが強く、カトリック的なにおいの強い国教会とは違うグループに属しているという意識があったでしょうから。

となると、イギリス連合王国のなかで、一風変わった意識を持つのはどこか。ウェールズか、アイルランドとなります。

そう、イギリスは連合王国なんですね。イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドという本来別々の王様が治めていた国からなる連合王国だけれども、そのうちイングランドの王家であったところが結婚やらいろんな手法を使って結局なんとなく収めることになっている国だったりするんです。


ウェールズ人は、誇り高い民族ですが、また、ウェールズ独自の言語もかなり残しているとはいうものの、その統治者は、名目的には、Prince of Wales(イギリス皇太子)ですし、イギリス併合の歴史もそこそこ長いので、イングランド化が進んでます。イングランドとの境に、丘陵地帯がありますが、それは、丘でしかなく、イングランドとの実質的融和が進んでいると、いってよろしいと思います。武装勢力による独立運動はほとんどありませんし。
(この辺のウェールズ人の悲哀は、『ウェールズの山』原題 The Englishman Who Went Up a Hill But Came Down a Mountain というヒュー・グラントが出演している映画に良く現れています。この映画は、地理学や測地学に関する映画としても面白い映画です。)

となると、アイルランドです。大英帝国、あるいは連合王国の一部を構成しながら、イングランドに対するものすごい反発心の強い地域というか、国ですね。

ブラザレン運動の出発点は、この反発心と無縁ではいられません。

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