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ブラザレンの研究をしていると、その組織構成原理が地縁型の教会組織というよりは、フラタニティ(結社コミュニティ)とそっくりなのかなぁ、ということを思っています。 |
英国史とブラザレン
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今でこそ、英国の通貨であるポンドは、1ポンド200円前後という為替相場ですが、私が小学生のころ、また、高校生のころくらいまでは、1ポンド3000円とか2000円の時代がありました。英国ポンド健在なりしころです。しかし、その後の国際金融市場の変化、英国の長期化した不況、日本の経済的成長などなどから、ポンドはその相対的な価値を下げていきます。つまり、従来であれば、英国本国からのポンド建ての資金援助で十分活動できた英国人の海外伝道者が、その資金だけでは活動に困る状況が発生することになります。 |
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ブラザレン運動の生まれたイギリス19世紀の社会は、従来その存在が薄かった社会の中産階級が社会の主軸となった時代であったとはいえ、基本的に階級社会でした。その意味で、階級内での民主主義、あるいは共和制ということはあっても、階級間(労働者階級と貴族階級やそれ以外の階級)での民主主義という意識は薄かったと思います。 |
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ブラザレンは、倫理観と性役割が厳密であったビクトリア朝に生まれたキリスト教運動であるためか、男女の区別が結構厳しいです。もちろん、旧約聖書では、男性の優位が確立していますし、新約時代においても、男性信徒の相対的優位があります。 |
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ブラザレン自体は、ビクトリア朝という、性役割が比較的厳密であり、社会生活が厳格で、風紀の厳しい社会環境の中で生まれてきました。 |




