|
Rain
雨がしとしと降る日に会ったその子は、とても美しく笑う子だった。
梅雨の雨がまとわりつくだろうに、彼女は不快感を表すことなく、その真っ白なワンピースを着て、傘も差さずに歩いていた。ビーチサンダルで豪快に水たまりを蹴り走る姿は、解き放たれた野生の魅力をもって僕を惹きつけた。
しかし彼女も、一人で歌うのは恥ずかしいと感じたらしい。
息を一度大きく吸ったが、そのまま吐き出し周囲に人が居ないのを確認する。
そこで、突っ立っていた僕と目が合ってしまったのだ。
彼女が身を固くしたのが分かったが、僕だってかなり気まずい。こんな何もないところでたたずんでいるということは、つまり、僕が彼女を見ていたということなんだから。
彼女もそれを察したらしい。それというのは、僕も彼女もお互いに一つ気まずいと感じたことで、つまり立場は同じということ。
そうなると彼女は強かった。僕に向かって手を振る。
「どこから見てました?」
僕も、傘を持っていない方の手を振りかえす。
「それは言えない」
「じゃあ私も歌ってあげません」
その笑顔はまるで、小さな子ども。
「いいよ、聞かない」
僕は強がりを言った。雨はしとしと、降り続けている。
彼女は、小さく息を吸った後、静かに歌い始めた。
しとしとと、雨は降り続いている。
しとしと、降って、地面に少しずつその身を溶かしていく。
彼女の歌が解けていく。
しとしと、解かして、流れていく。
僕は何かを受け取るように、軽く両手を前に突きだし空を見上げる。なんだこれ。傘なんて邪魔なだけだ。僕は手に持っていたそれを放り出す。
そこには僕たちだけがいた。
雨の中で傘もささずに、一人は歌い、一人はそれを聞いていた。
近寄ろうとも去ろうともせず、僕らはただ雨の中にいた。
しとしと。しとしと。
音はゆっくりと伝っていく。
「結局聞いたじゃないですか」
歌い終えた彼女が、僕に言う。その笑顔が誇らしげだったので、なんでか僕も笑ってしまう。
「自分が勝手に始めたんだろ」
「聞かないって言ったのに」
「歌わないって言ったのに?」
僕らは笑った。
いつの間にか通り過ぎた雨を背に、僕らはびしょぬれのまま笑っていた。
泥の上に突っ立って、服もぐしゃぐしゃで、惨めなことこの上ないはずなのに、それがおかしくて、楽しくて、僕らは笑った。
「…帰ろう」
彼女が振り向きながら肩越しに見せた笑顔。
その笑顔は雨上がりの空を映していた。
-end-
サイト『R』のイラスト『Rain』より勝手にイメージ。
|