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随筆家の岡部伊都子さんが亡くなられた。29日午前、肝臓ガンによる呼吸器不全で逝去。享年85。哀悼の意を表しながら、幾つかの思い出を記す。

岡部伊都子さんの自宅をお伺いしたのは2回ある。最初は私が20歳そこそこのころ、学生時代だ。哲学者の梅原猛さんが立命館大学を辞められ「浪人」時代にご自宅で研究会を開かれていた。あつかましくも私が親鸞聖人の「教行信証」の輪読会に隔週で参加していた。その件とは直接関係がないが、あるとき梅原先生といっしょに岡部伊都子さん宅にお邪魔した。もう37,8年も前になる。

私はNHK出版から出ていた梅原先生、岡部伊都子さんの共著『仏像のこころ』(?)という上下2巻の本を読み、いたく感動していただけに、岡部伊都子さんにお会いできることに心はずませていた。場所は梅原先生の自宅近い京都の北白川周辺だったと思う。

それは綺麗な日本間の一室に通され、障子の和紙の白さが鮮やかであった。岡部伊都子さんは着物を着ておられ、和室で冴える立ち姿とはこのことかと、いまも鮮烈に記憶に残る。白い部屋のイメージが岡部伊都子さんの行動とダブる。

2回目は京都市北区の自宅をNHKのデレクター福田雅子さんと尋ねた。どういう用事があったのか思い出せない。1990年代前半のことだから、もう15年前になる。福田さんが「水平社宣言と生きる人たち」というドキュメンタリーを撮っておられ、宣言文への思いを岡部伊都子さんが語り収録したそのあと訪問したように思う。

この御自宅も和風のたたずまいで、竹の障子がなぜか印象に残る。趣味がいいというのはこういうことなのか。私のような粗忽者に想像もできない世界だ。簡素なお住まいは簡素をむねとされた生き方の反映だったのだろう。

それから10年ほどして転居されたことを聞いた。韓国の歴史学者朴菖熙さんが来日しておられて、岡部伊都子さんの誕生日を自宅で祝ったと聞いた。また一時体調をこわされたが、回復されたとも聞いていた。それだけに29日の訃報には驚いた。

生涯を筆一本で築き、戦争に向かう情勢に対して声を地底から出されるように反対される姿は、強い意志と信念が何ものにも増して左右することを教えられた方だ。私たちが受け継ぐべきものは何かをちゃんと示されてきた。気品あふれる生き方と文章をものにされる方を私は他に存じ上げていない。ご冥福をお祈りします。

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この前はどうもありがとうございました。

また、コメントを残しに来てください。

2008/4/30(水) 午後 5:19 [ みさき ]

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昨日、私は昼前から快晴の京都に行っていました。高麗美術館の企画展「愉快なクリムー朝鮮民画」を見るためです。学芸員の説明を聞き、季刊誌「高麗美術館」春号を読んでいました。20周年に寄せて「我らが祖流、高麗美術館」という題の岡部伊都子さんの記事が載せられていました。5枚の写真が入っていて、1972年の鄭さんの自宅での和服姿、1969年も和服姿、1981年は仁和寺の桜の季節に鄭さんと上田先生と3人で、このころからサングラスをかけておられるようです。そして20年前のオープンの日、美術館で6人で写された写真がありました。文章は、1999年に「別冊太陽」に寄せられたものが紹介されていました。なぜかなと気になりながら読みました。
少し前、朴チャンヒさん翻訳の「許ジュン」出版会の時に、挨拶されたお声は歯切れのいい話し方で印象に残りましたが、会場まではどなたかに支えられて来られていましたので、その後どうされているか心配でした。
岡部伊都子さんのこと、鄭詔文さんのことなど考えながら大阪に帰りましたところ、岡部さんの訃報を知り、本当に驚いています。
ご冥福をお祈りいたします。足立 龍枝

2008/4/30(水) 午後 9:55 [ ayo**jiseou* ]


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