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憲法制定から61年の歳月をへた。あまり注目を集めなかったが、宍戸常壽さんという憲法学者が「『憲法改正』とはどういうことか」(『PITIO』4号所収 2007年11月刊)という論文を発表した。「護憲」「改憲」二局分裂の憲法論議を克服しようとする試みである。
▼「憲法について一般の場で論議しようとする者は誰しも、自らの発言の『本音』が『改憲か、護憲か』のいずれかを詮索しようとする受け手の眼差しを意識しておかねばならない。(いずれでも)自ら送ろうとするメッセージに拒絶反応が、示される、といったことも起こる」
▼憲法論議が「護憲」「改憲」いずれでもない第3の論陣を張ろうとも、両者の磁場に引きつけられてしまうーとも指摘している。それでは議論をもっと肩の荷を降ろしたようなかたちでできるにはどうすればいいのかーということになるが、宍戸さんは政治的プロセスの成熟をあげるのだ。
▼政治的プロセスの成熟とは何か。私はまず自民党という一政党が政権の座であり続けてきた政治状況が変ることが第1歩だと思う。その政権交代の恒常化が憲法解釈の硬直化から克復していく道筋になると思う。自民一党(連合政権でも)下に打ち出された国民の義務、責任を強調した「改憲」論はより硬直した政治状況を生み出すほかないことは目に見えている。
▼最近の判決では「イラク空輸違憲判決」(17日)がある。面白いのは讀賣新聞の論調である。社説では「兵輸送は武力行使ではない」(18日)と違憲判決に異議をとなえた。ところが4日後の解説面で勝股秀通編集委員が「判決が政府のあいまいさ突いた」と説いた。勝股編集委員は自衛隊海外派兵の恒久法制定を訴えるのだが、18日の同じ毎日社説「あいまいな説明は許されない」とした視点と共有する部分をもつのだ。この論調の間隙は何を意味するのか。
▼実は「自衛隊海外派兵の恒久法制定を」というのは政治的プロセスを台無しにする論議であり、憲法論議の硬直化を再度招く軌跡をたどることは目に見えている。毎日の社説のように「政府が活動が非戦闘地域であると主張するなら、その根拠を国民にていねいに説明する責務がある」というプロセスの中で、現行の憲法の解釈を議論すべきなのだ。そうしたプロセスを乱暴に省略してしまうのはどうしてか。
▼「恒久法制定」まで飛べば、憲法の根拠すら軽視されることを意味し、軽視されるから、憲法制定時だけに縛られるバトルになるのではないか。宍戸さんのいう政治的プロセスと憲法運用の提起を憲法記念日の日に考えたい。
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2008/5/2(金) 午後 10:23 [ HERT ]