無題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

橋下徹大阪府知事の「財政再建プログラム案」が5日発表される。人権、平和関連施設の統廃合、障害者、非識字者へのしわ寄せなどで、「何を知事は考えているのか。セフティーネットまでズタズタにするのか」と反発は強い。ところが3日午後10時にラジオのニュースで伝えた支持率アンケートでは86パーセントの府民が橋下知事支持。どうなっているの。

この世論調査結果を橋下知事がコメントして放送で流れた。「5日の改革方針で支持率は下がりますよ」と実に冷静。その「冷静」さがあるから改革案を出せるということか。つまり支持率の高さは折り込み済みで、高い支持率を背景に財政再建に進むわけだ。

 個別アンケートでは公務員の給与、退職金カットは70パーセント台の人が支持。御堂筋のネオン構想は支持率10パーセント前半という結果がでた。

開く トラックバック(31)

「久しぶりに面白い映画をやっている」と友人にすすめられソウルでナ・ホンジン監督の「追撃者」を観た。封切りから2週間目2月26日のことだが、映画はあれよあれよと観客を集め5月で500万人を集めた。映画の内容をすべて理解できるほど私の韓国語の力はないが、映画が始まると息もつかさぬアクションの展開に2時間の上映時間も忘れてしまった。日本の上映は未定だが、映画批評初回にこの作品を紹介したい。
 ストーリーは性売買春(ソンメメ)業の手配師をしている元刑事が殺人魔を追撃する内容だ。「韓国の殺人機械」といわれたユ・ヨンチョル受刑者の事件にヒントを受けたという。03年9月から10ヵ月間に21人を殺害した連続殺人事件で、ユ被告(当時)は05年6月1審で死刑判決を受け確定した(06年初頭、法務部の死刑執行遂行に青瓦台が強固に反対、執行を止めた。韓国は10年間死刑執行がない死刑廃止国である。ユ受刑者は現在服役中。ただ、李明博大統領は12月選挙で唯一死刑廃止に異議をとなえているか)。

「月刊朝鮮」記者李恩英がユ受刑者の生育歴を友人、教師などから取材し、「月刊朝鮮」04年9月号で発表しているほか、収監中のユ被告と手紙でやりとりを分析して単行本『殺人中毒』(05年刊行)を出した。両方とも読んだが(
後者は一部)、後者はより取材が深いことをあげておく。日本でも「ニュース・ステーション」で死刑判決までを10分ほどのドキュメンタリーで放映、事件をご存知の方もおられるかもしれない。最近では死刑問題でユ受刑者問題で被害者遺族を特集する番組をテレビ朝日の朝の番組でも放映した。

 さて、事件の実際と映画のとは大きく異なるからここではふれない。映画では殺人の動機など一切わからないし、舞台設定もまるで違うからだ。ナ監督は事件からヒントをえたのだろう。映画では逮捕された犯人に心理面での担当者が質問する場面で、自身の性的問題を問い詰められ食ってかかる場面があるが、これもユ受刑者との整合性はまったくない。

 映画は成人指定映画だ。しかし公開わずか1ヶ月間に過ぎない3月半ば、400万の観客をこえ、5月には500万人を数えた。04年上映の「おばあちゃんの家」も400万をこえたが、家族中で観られた映画だった。「追撃者」は映画を見る層は限定されている。それが「おばちゃんの家」の観客数を超えた。、なぜ多くの観客の支持を得たのか。そこに私の関心が向く。

 映画の「スリラー・アクション」としての評価も高いが、それだけなら観客をスクリーンに釘付けにすることは難しい(5月のカンヌ映画祭ではスリラー部門でノミネートされたが)。元刑事は派遣して行方不明になった女性を探し出そうとして犯人と遭遇、最終的に逮捕までいたるが、容疑者がかつて住んでいた「タルトンネ」(月に一番近い町)と呼ばれる地域も性売買春を生業にせざるをえない女性も、1つの共通点があることに気付く。法律により守られず、いや、法律の外にはじき飛ばされた人たちなのだ。その生に光をあてるナ監督のメッセージが全体に流れたことは重要である、500万人の共感の一部は監督のその視点を歓迎したのではないか。

 さらにナ監督が3月6日の映画雑誌「シネ21」主催の観客とのトークで語ったことも興味深い。映画ではキリスト信者だった男性を殺した容疑者がそこをねぐらとする。容疑者のかつての2畳からのアパートから仰ぎ見るすぐ近くにキリスト教会が見え、十字架に張りつけられたイエスの姿が映し出される。質問がそこに及ぶ。ナ監督は「殺人が十字架の下で繰り広げられると考えた」と答えている(<シネ21 >ホームページ(www.cine21.com)から)。単に神なき時代ではなく、神のもとで不義が、殺人がなされる時代を描いたというべきか。容疑者は神を否定する象徴なのか。この部分はユ受刑者が李恩英記者とやりとりした手紙の内容と重なり合う部分もある。根源的問いが観客に迫る意図として十字架があると思う。犯人はキリスト教徒信者を殺して教徒宅に住み着くが、不審に思って訪ねた教会の2人まで殺害するのだ。帰ろうとする訪ねた信者夫婦を呼び寄せ殺害するシーンに私は、ナ監督の執拗な意図を見る。

 行方不明女性の幼い娘が神なき時代を乗り越えるカギを握るのか。母を探し倒れたその子が徐々に回復するシーンで終わる。無論、警察官僚の醜態を描いた場面もリアルだ。成績をあげるために奔走する姿だ。しかし、それは主題ではない。
 韓国で少女を殺害する事件が今年に入り相次いでおきたことも関心を集めたともいわれる。元プロ野球選手が恋人の3人娘を殺害したり、京畿道安養市で少女が殺害されたりした事件が立て続けに起きた。しかし映画上映時と重なっただけで、この社会的背景は先にあげた2つの要因に及ぶものではないだろう。それほどナ監督の世界観が強烈だと思う。
 
 韓国映画が06年のアメリカとの自由貿易協定締結交渉の開始にあたりスクリーンクォータ(自国映画上映などの最低基準を決める制度)が影響を受けた。上映日数が半減した。映画に投資企業も減り、韓国映画の危機が叫ばれるいま、「追撃者」は低予算で、名だたるスターを用いず、前宣伝もなく大きな成功を得た。ナ監督は34歳。初の長編映画だ。ハリウッドでのリメイクも決まった。そういえば「シネ21」のトークでは観客は多くがリピーターだった。かくいう私も3月の訪韓で映画館に足を運び計2度この映画を観たリピーターの1人だ。ナ監督の次回作「殺人者」(仮題)も決まった。(文中敬称略)

イメージ 1

イメージ 1

「久しぶりに面白い映画をやっている」と友人にすすめられソウルでナ・ホンジン監督の「追撃者」を観た。封切りから2週間目2月26日のことだが、映画はあれよあれよと観客を集め5月で500万人を集めた。映画の内容をすべて理解できるほど私の韓国語の力はないが、映画が始まると息もつかさぬアクションの展開に2時間の上映時間も忘れてしまった。日本の上映は未定だが、映画批評初回にこの作品を紹介したい。
 ストーリーは性売買春(ソンメメ)業の手配師をしている元刑事が殺人魔を追撃する内容だ。「韓国の殺人機械」といわれたユ・ヨンチョル受刑者の事件にヒントを受けたという。03年9月から10ヵ月間に21人を殺害した連続殺人事件で、ユ被告(当時)は05年6月1審で死刑判決を受け確定した(06年初頭、法務部の死刑執行遂行に青瓦台が強固に反対、執行を止めた。韓国は10年間死刑執行がない死刑廃止国である。ユ受刑者は現在服役中。ただ、李明博大統領は12月選挙で唯一死刑廃止に異議をとなえているか)。

「月刊朝鮮」記者李恩英がユ受刑者の生育歴を友人、教師などから取材し、「月刊朝鮮」04年9月号で発表しているほか、収監中のユ被告と手紙でやりとりを分析して単行本『殺人中毒』(05年刊行)を出した。両方とも読んだが(
後者は一部)、後者はより取材が深いことをあげておく。日本でも「ニュース・ステーション」で死刑判決までを10分ほどのドキュメンタリーで放映、事件をご存知の方もおられるかもしれない。最近では死刑問題でユ受刑者問題で被害者遺族を特集する番組をテレビ朝日の朝の番組でも放映した。

 さて、事件の実際と映画のとは大きく異なるからここではふれない。映画では殺人の動機など一切わからないし、舞台設定もまるで違うからだ。ナ監督は事件からヒントをえたのだろう。映画では逮捕された犯人に心理面での担当者が質問する場面で、自身の性的問題を問い詰められ食ってかかる場面があるが、これもユ受刑者との整合性はまったくない。

 性的映画は成人指定映画だ。しかし公開わずか1ヶ月間に過ぎない3月半ば、400万の観客をこえ、5月には500万人を数えた。04年上映の「おばあちゃんの家」も400万をこえたが、家族中で観られた映画だった。「追撃者」は映画を見る層は限定されている。それが「おばちゃんの家」の観客数を超えた。、なぜ多くの観客の支持を得たのか。そこに私の関心が向く。

 映画の「スリラー・アクション」としての評価も高いが、それだけなら観客をスクリーンに釘付けにすることは難しい(5月のカンヌ映画祭ではスリラー部門でノミネートされたが)。元刑事は派遣して行方不明になった女性を探し出そうとして犯人と遭遇、最終的に逮捕までいたるが、容疑者がかつて住んでいた「タルトンネ」(月に一番近い町)と呼ばれる地域も性売買春を生業にせざるをえない女性も、1つの共通点があることに気付く。法律により守られず、いや、法律の外にはじき飛ばされた人たちなのだ。その生に光をあてるナ監督のメッセージが全体に流れたことは重要である、500万人の共感の一部は監督のその視点を歓迎したのではないか。

 さらにナ監督が3月6日の映画雑誌「シネ21」主催の観客とのトークで語ったことも興味深い。映画ではキリスト信者だった男性を殺した容疑者がそこをねぐらとする。容疑者のかつての2畳からのアパートから仰ぎ見るすぐ近くにキリスト教会が見え、十字架に張りつけられたイエスの姿が映し出される。質問がそこに及ぶ。ナ監督は「殺人が十字架の下で繰り広げられると考えた」と答えている(<シネ21 >ホームページ(www.cine21.com)から)。単に神なき時代ではなく、神のもとで不義が、殺人がなされる時代を描いたというべきか。容疑者は神を否定する象徴なのか。この部分はユ受刑者が李恩英記者とやりとりした手紙の内容と重なり合う部分もある。根源的問いが観客に迫る意図として十字架があると思う。犯人はキリスト教徒信者を殺して教徒宅に住み着くが、不審に思って訪ねた教会の2人まで殺害するのだ。帰ろうとする訪ねた信者夫婦を呼び寄せ殺害するシーンに私は、ナ監督の執拗な意図を見る。

 行方不明女性の幼い娘が神なき時代を乗り越えるカギを握るのか。母を探し倒れたその子が徐々に回復するシーンで終わる。無論、警察官僚の醜態を描いた場面もリアルだ。成績をあげるために奔走する姿だ。しかし、それは主題ではない。
 韓国で少女を殺害する事件が今年に入り相次いでおきたことも関心を集めたともいわれる。元プロ野球選手が恋人の3人娘を殺害したり、京畿道安養市で少女が殺害されたりした事件が立て続けに起きた。しかし映画上映時と重なっただけで、この社会的背景は先にあげた2つの要因に及ぶものではないだろう。それほどナ監督の世界観が強烈だと思う。
 
 韓国映画が06年のアメリカとの自由貿易協定締結交渉の開始にあたりスクリーンクォータ(自国映画上映などの最低基準を決める制度)が影響を受けた。上映日数が半減した。映画に投資企業も減り、韓国映画の危機が叫ばれるいま、「追撃者」は低予算で、名だたるスターを用いず、前宣伝もなく大きな成功を得た。ナ監督は34歳。初の長編映画だ。ハリウッドでのリメイクも決まった。そういえば「シネ21」のトークでは観客は多くがリピーターだった。かくいう私も3月の訪韓で映画館に足を運び計2度この映画を観たリピーターの1人だ。ナ監督の次回作「殺人者」(仮題)も決まった。(文中敬称略)

開く トラックバック(1)

 時代は思いもよらない言葉を選択するものだ。ニョコリと顔を出す。その1つが超人である。

▼先だっての巨人戦で阪神の金本選手が頭にゼットボールをくらった。ところが、次ぎの打順でホームランをかっ飛ばし、「超人だ」と絶賛された。

▼「超人」と言えば、佐藤優さんもそうだ。外務省の官僚で、現在裁判被告人のため休職中。最近の「中央公論」で情報整理法を披露していたが、その中で2月に書いた原稿は50本をこえ、総計1500枚にのぼるという。学術書に類する本は月に200冊読み、うち10冊は精読するというから驚きだ。

▼佐藤さんの弁にたぶん誇張はそうないだろう。睡眠時間は3時間で十分だという。外務省のラスプーチンと言われて、超人とは言われていないが、よく似たものだ。人間わざをこえた所行だ。「大量にアウトプットをするため大量のインプットをする。そのため6時間は勉強する」とも書いている。

▼往年の長嶋選手や王選手はスパー・スターだったが、「超人」という形容はなかった。広島の衣笠選手は鉄人と形容詞がついたが、「超人」とは言われなかった。

▼スポーツで「超人」と言われたのは1970年代後半活躍したプロレスのアンドレア・ジャイアントで2メートル30センチの身長あり、長髪をかきむしり日本選手に襲いかかる姿は怖かった。しかし彼は40歳代で亡くなった。当り前のことだが、「超人」ではなかったのだ。

▼エンターテーメントの要素が強いプロレスから真剣勝負であるプロ野球に舞台を移してあらわれた「超人」という言葉。この間30年をようした。21世紀のいま、時代が「超人」という言葉を許容するに至ったのでだ。このことは何を意味するのか。

▼時代が「超人」をどこかで求めているのかもしれない。人間をこえる存在。時代の閉塞感が背後にある。「超人」にひっぱってもらいたいという願いがこの言葉を選び出した。そこには議論を重ねていく民主主義を否定して、よにかく結果を早く求めるイラダチがある。「さん、さん、さん、ながしまさん」「なかやま りつこさん」(コマーシャル)のコピー文句)と名前で呼ばれた時代ではもうない。時代に向けて警戒警報を出さねばならない。

 映画が面白くなり、最近も「靖国 YASUKUNI」を観た。なぜこの映画が自粛して映画館で見せない動きがあったのかは全く理解できない。普通のドキュメントだからだ。

 大騒ぎする映画かと思った。それほど靖国に関する表現にナーバスになっているということか。戦前の思想はいまも確実に生きている。

 94才の刀工の登場は別になくても8・15前後の靖国神社の動きを撮影して、靖国の歴史を少し振り返るだけで興味ある作品になったのではないか。全体を見終えての正直な感想である。ただ制作の意図はそうではない。靖国神社のご神体の剱(つるぎ)の意味を問うからだ。

剱は靖国神社の象徴としてあり、そしていまもその思想が脈々と続くことが見えてきた。敗戦記念日61年を迎えた2006年の小泉首相の記者会見での全発言ともいえる記録、そして8・15での参拝が「証明」してみせた。

戦争を終えて60年をこえたいま、軍服を来て参拝する人がいることが画面で見れた事実。台湾原住民の合祀取り下げの声も収録された。方々でいい立ち位置で撮すには、何台もカメラが回っていたと思う。監督のメッセージは伝わった。8・15の靖国神社をめぐるドキュメントに終始するだけで十分ではなかったか。そう思い映画館をあとにした。

 30分前に映画館に行ったが、寸前のところで立ち見もできなかった。えらい人気だ。この国の表現の自由は頑迷な守旧派が問題にしたことで関心が集まるというのではたしていいのだろうか。

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事