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			<title>川瀬のるつぼ</title>
			<description>　ジャーナリスト・ネットに掲載された拙稿を掲載します。韓国の翻訳などはＪ－ＮＥＴスペシャルに。森羅万象から切り取られた世界の１つがここに。　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>川瀬のるつぼ</title>
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			<description>　ジャーナリスト・ネットに掲載された拙稿を掲載します。韓国の翻訳などはＪ－ＮＥＴスペシャルに。森羅万象から切り取られた世界の１つがここに。　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831</link>
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		<item>
			<title>橋下大阪府知事「最終財政再建構想」本日発表</title>
			<description>橋下徹大阪府知事の「財政再建プログラム案」が５日発表される。人権、平和関連施設の統廃合、障害者、非識字者へのしわ寄せなどで、「何を知事は考えているのか。セフティーネットまでズタズタにするのか」と反発は強い。ところが３日午後１０時にラジオのニュースで伝えた支持率アンケートでは８６パーセントの府民が橋下知事支持。どうなっているの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 この世論調査結果を橋下知事がコメントして放送で流れた。「５日の改革方針で支持率は下がりますよ」と実に冷静。その「冷静」さがあるから改革案を出せるということか。つまり支持率の高さは折り込み済みで、高い支持率を背景に財政再建に進むわけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　個別アンケートでは公務員の給与、退職金カットは７０パーセント台の人が支持。御堂筋のネオン構想は支持率１０パーセント前半という結果がでた。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831/10093609.html</link>
			<pubDate>Thu, 05 Jun 2008 00:41:35 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>韓国映画「追撃者」はなぜ成功したのか　川瀬俊治　</title>
			<description>「久しぶりに面白い映画をやっている」と友人にすすめられソウルでナ・ホンジン監督の「追撃者」を観た。封切りから２週間目２月２６日のことだが、映画はあれよあれよと観客を集め５月で５００万人を集めた。映画の内容をすべて理解できるほど私の韓国語の力はないが、映画が始まると息もつかさぬアクションの展開に２時間の上映時間も忘れてしまった。日本の上映は未定だが、映画批評初回にこの作品を紹介したい。&lt;br /&gt;
　ストーリーは性売買春（ソンメメ）業の手配師をしている元刑事が殺人魔を追撃する内容だ。「韓国の殺人機械」といわれたユ・ヨンチョル受刑者の事件にヒントを受けたという。０３年９月から１０ヵ月間に２１人を殺害した連続殺人事件で、ユ被告（当時）は０５年６月１審で死刑判決を受け確定した（０６年初頭、法務部の死刑執行遂行に青瓦台が強固に反対、執行を止めた。韓国は１０年間死刑執行がない死刑廃止国である。ユ受刑者は現在服役中。ただ、李明博大統領は１２月選挙で唯一死刑廃止に異議をとなえているか）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「月刊朝鮮」記者李恩英がユ受刑者の生育歴を友人、教師などから取材し、「月刊朝鮮」０４年９月号で発表しているほか、収監中のユ被告と手紙でやりとりを分析して単行本『殺人中毒』（０５年刊行）を出した。両方とも読んだが（&lt;br /&gt;
後者は一部）、後者はより取材が深いことをあげておく。日本でも「ニュース・ステーション」で死刑判決までを１０分ほどのドキュメンタリーで放映、事件をご存知の方もおられるかもしれない。最近では死刑問題でユ受刑者問題で被害者遺族を特集する番組をテレビ朝日の朝の番組でも放映した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて、事件の実際と映画のとは大きく異なるからここではふれない。映画では殺人の動機など一切わからないし、舞台設定もまるで違うからだ。ナ監督は事件からヒントをえたのだろう。映画では逮捕された犯人に心理面での担当者が質問する場面で、自身の性的問題を問い詰められ食ってかかる場面があるが、これもユ受刑者との整合性はまったくない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　映画は成人指定映画だ。しかし公開わずか１ヶ月間に過ぎない３月半ば、４００万の観客をこえ、５月には５００万人を数えた。０４年上映の「おばあちゃんの家」も４００万をこえたが、家族中で観られた映画だった。「追撃者」は映画を見る層は限定されている。それが「おばちゃんの家」の観客数を超えた。、なぜ多くの観客の支持を得たのか。そこに私の関心が向く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　映画の「スリラー・アクション」としての評価も高いが、それだけなら観客をスクリーンに釘付けにすることは難しい（５月のカンヌ映画祭ではスリラー部門でノミネートされたが）。元刑事は派遣して行方不明になった女性を探し出そうとして犯人と遭遇、最終的に逮捕までいたるが、容疑者がかつて住んでいた「タルトンネ」（月に一番近い町）と呼ばれる地域も性売買春を生業にせざるをえない女性も、１つの共通点があることに気付く。法律により守られず、いや、法律の外にはじき飛ばされた人たちなのだ。その生に光をあてるナ監督のメッセージが全体に流れたことは重要である、５００万人の共感の一部は監督のその視点を歓迎したのではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さらにナ監督が３月６日の映画雑誌「シネ21」主催の観客とのトークで語ったことも興味深い。映画ではキリスト信者だった男性を殺した容疑者がそこをねぐらとする。容疑者のかつての２畳からのアパートから仰ぎ見るすぐ近くにキリスト教会が見え、十字架に張りつけられたイエスの姿が映し出される。質問がそこに及ぶ。ナ監督は「殺人が十字架の下で繰り広げられると考えた」と答えている（&amp;lt;シネ21 &amp;gt;ホームページ(www.cine21.com)から）。単に神なき時代ではなく、神のもとで不義が、殺人がなされる時代を描いたというべきか。容疑者は神を否定する象徴なのか。この部分はユ受刑者が李恩英記者とやりとりした手紙の内容と重なり合う部分もある。根源的問いが観客に迫る意図として十字架があると思う。犯人はキリスト教徒信者を殺して教徒宅に住み着くが、不審に思って訪ねた教会の２人まで殺害するのだ。帰ろうとする訪ねた信者夫婦を呼び寄せ殺害するシーンに私は、ナ監督の執拗な意図を見る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　行方不明女性の幼い娘が神なき時代を乗り越えるカギを握るのか。母を探し倒れたその子が徐々に回復するシーンで終わる。無論、警察官僚の醜態を描いた場面もリアルだ。成績をあげるために奔走する姿だ。しかし、それは主題ではない。&lt;br /&gt;
　韓国で少女を殺害する事件が今年に入り相次いでおきたことも関心を集めたともいわれる。元プロ野球選手が恋人の３人娘を殺害したり、京畿道安養市で少女が殺害されたりした事件が立て続けに起きた。しかし映画上映時と重なっただけで、この社会的背景は先にあげた２つの要因に及ぶものではないだろう。それほどナ監督の世界観が強烈だと思う。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　韓国映画が０６年のアメリカとの自由貿易協定締結交渉の開始にあたりスクリーンクォータ（自国映画上映などの最低基準を決める制度）が影響を受けた。上映日数が半減した。映画に投資企業も減り、韓国映画の危機が叫ばれるいま、「追撃者」は低予算で、名だたるスターを用いず、前宣伝もなく大きな成功を得た。ナ監督は３４歳。初の長編映画だ。ハリウッドでのリメイクも決まった。そういえば「シネ２１」のトークでは観客は多くがリピーターだった。かくいう私も３月の訪韓で映画館に足を運び計２度この映画を観たリピーターの１人だ。ナ監督の次回作「殺人者」（仮題）も決まった。（文中敬称略）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831/9992644.html</link>
			<pubDate>Tue, 03 Jun 2008 18:03:05 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>韓国映画「追撃者」はなぜ成功したのか　川瀬俊治　</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-08-b9/kawase19470831/folder/703789/94/9992094/img_0?1212483359&quot; width=&quot;279&quot;&gt;&lt;br /&gt;
「久しぶりに面白い映画をやっている」と友人にすすめられソウルでナ・ホンジン監督の「追撃者」を観た。封切りから２週間目２月２６日のことだが、映画はあれよあれよと観客を集め５月で５００万人を集めた。映画の内容をすべて理解できるほど私の韓国語の力はないが、映画が始まると息もつかさぬアクションの展開に２時間の上映時間も忘れてしまった。日本の上映は未定だが、映画批評初回にこの作品を紹介したい。&lt;br /&gt;
　ストーリーは性売買春（ソンメメ）業の手配師をしている元刑事が殺人魔を追撃する内容だ。「韓国の殺人機械」といわれたユ・ヨンチョル受刑者の事件にヒントを受けたという。０３年９月から１０ヵ月間に２１人を殺害した連続殺人事件で、ユ被告（当時）は０５年６月１審で死刑判決を受け確定した（０６年初頭、法務部の死刑執行遂行に青瓦台が強固に反対、執行を止めた。韓国は１０年間死刑執行がない死刑廃止国である。ユ受刑者は現在服役中。ただ、李明博大統領は１２月選挙で唯一死刑廃止に異議をとなえているか）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「月刊朝鮮」記者李恩英がユ受刑者の生育歴を友人、教師などから取材し、「月刊朝鮮」０４年９月号で発表しているほか、収監中のユ被告と手紙でやりとりを分析して単行本『殺人中毒』（０５年刊行）を出した。両方とも読んだが（&lt;br /&gt;
後者は一部）、後者はより取材が深いことをあげておく。日本でも「ニュース・ステーション」で死刑判決までを１０分ほどのドキュメンタリーで放映、事件をご存知の方もおられるかもしれない。最近では死刑問題でユ受刑者問題で被害者遺族を特集する番組をテレビ朝日の朝の番組でも放映した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて、事件の実際と映画のとは大きく異なるからここではふれない。映画では殺人の動機など一切わからないし、舞台設定もまるで違うからだ。ナ監督は事件からヒントをえたのだろう。映画では逮捕された犯人に心理面での担当者が質問する場面で、自身の性的問題を問い詰められ食ってかかる場面があるが、これもユ受刑者との整合性はまったくない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　性的映画は成人指定映画だ。しかし公開わずか１ヶ月間に過ぎない３月半ば、４００万の観客をこえ、５月には５００万人を数えた。０４年上映の「おばあちゃんの家」も４００万をこえたが、家族中で観られた映画だった。「追撃者」は映画を見る層は限定されている。それが「おばちゃんの家」の観客数を超えた。、なぜ多くの観客の支持を得たのか。そこに私の関心が向く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　映画の「スリラー・アクション」としての評価も高いが、それだけなら観客をスクリーンに釘付けにすることは難しい（５月のカンヌ映画祭ではスリラー部門でノミネートされたが）。元刑事は派遣して行方不明になった女性を探し出そうとして犯人と遭遇、最終的に逮捕までいたるが、容疑者がかつて住んでいた「タルトンネ」（月に一番近い町）と呼ばれる地域も性売買春を生業にせざるをえない女性も、１つの共通点があることに気付く。法律により守られず、いや、法律の外にはじき飛ばされた人たちなのだ。その生に光をあてるナ監督のメッセージが全体に流れたことは重要である、５００万人の共感の一部は監督のその視点を歓迎したのではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さらにナ監督が３月６日の映画雑誌「シネ21」主催の観客とのトークで語ったことも興味深い。映画ではキリスト信者だった男性を殺した容疑者がそこをねぐらとする。容疑者のかつての２畳からのアパートから仰ぎ見るすぐ近くにキリスト教会が見え、十字架に張りつけられたイエスの姿が映し出される。質問がそこに及ぶ。ナ監督は「殺人が十字架の下で繰り広げられると考えた」と答えている（&amp;lt;シネ21 &amp;gt;ホームページ(www.cine21.com)から）。単に神なき時代ではなく、神のもとで不義が、殺人がなされる時代を描いたというべきか。容疑者は神を否定する象徴なのか。この部分はユ受刑者が李恩英記者とやりとりした手紙の内容と重なり合う部分もある。根源的問いが観客に迫る意図として十字架があると思う。犯人はキリスト教徒信者を殺して教徒宅に住み着くが、不審に思って訪ねた教会の２人まで殺害するのだ。帰ろうとする訪ねた信者夫婦を呼び寄せ殺害するシーンに私は、ナ監督の執拗な意図を見る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　行方不明女性の幼い娘が神なき時代を乗り越えるカギを握るのか。母を探し倒れたその子が徐々に回復するシーンで終わる。無論、警察官僚の醜態を描いた場面もリアルだ。成績をあげるために奔走する姿だ。しかし、それは主題ではない。&lt;br /&gt;
　韓国で少女を殺害する事件が今年に入り相次いでおきたことも関心を集めたともいわれる。元プロ野球選手が恋人の３人娘を殺害したり、京畿道安養市で少女が殺害されたりした事件が立て続けに起きた。しかし映画上映時と重なっただけで、この社会的背景は先にあげた２つの要因に及ぶものではないだろう。それほどナ監督の世界観が強烈だと思う。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　韓国映画が０６年のアメリカとの自由貿易協定締結交渉の開始にあたりスクリーンクォータ（自国映画上映などの最低基準を決める制度）が影響を受けた。上映日数が半減した。映画に投資企業も減り、韓国映画の危機が叫ばれるいま、「追撃者」は低予算で、名だたるスターを用いず、前宣伝もなく大きな成功を得た。ナ監督は３４歳。初の長編映画だ。ハリウッドでのリメイクも決まった。そういえば「シネ２１」のトークでは観客は多くがリピーターだった。かくいう私も３月の訪韓で映画館に足を運び計２度この映画を観たリピーターの１人だ。ナ監督の次回作「殺人者」（仮題）も決まった。（文中敬称略）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831/9992094.html</link>
			<pubDate>Tue, 03 Jun 2008 17:55:59 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>コラム「風」「超人」という言葉が踊る時代がやってきた</title>
			<description>　時代は思いもよらない言葉を選択するものだ。ニョコリと顔を出す。その1つが超人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼先だっての巨人戦で阪神の金本選手が頭にゼットボールをくらった。ところが、次ぎの打順でホームランをかっ飛ばし、「超人だ」と絶賛された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼「超人」と言えば、佐藤優さんもそうだ。外務省の官僚で、現在裁判被告人のため休職中。最近の「中央公論」で情報整理法を披露していたが、その中で2月に書いた原稿は５０本をこえ、総計１５００枚にのぼるという。学術書に類する本は月に２００冊読み、うち10冊は精読するというから驚きだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼佐藤さんの弁にたぶん誇張はそうないだろう。睡眠時間は3時間で十分だという。外務省のラスプーチンと言われて、超人とは言われていないが、よく似たものだ。人間わざをこえた所行だ。「大量にアウトプットをするため大量のインプットをする。そのため６時間は勉強する」とも書いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼往年の長嶋選手や王選手はスパー・スターだったが、「超人」という形容はなかった。広島の衣笠選手は鉄人と形容詞がついたが、「超人」とは言われなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼スポーツで「超人」と言われたのは１９７０年代後半活躍したプロレスのアンドレア・ジャイアントで2メートル３０センチの身長あり、長髪をかきむしり日本選手に襲いかかる姿は怖かった。しかし彼は４０歳代で亡くなった。当り前のことだが、「超人」ではなかったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼エンターテーメントの要素が強いプロレスから真剣勝負であるプロ野球に舞台を移してあらわれた「超人」という言葉。この間３０年をようした。２１世紀のいま、時代が「超人」という言葉を許容するに至ったのでだ。このことは何を意味するのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼時代が「超人」をどこかで求めているのかもしれない。人間をこえる存在。時代の閉塞感が背後にある。「超人」にひっぱってもらいたいという願いがこの言葉を選び出した。そこには議論を重ねていく民主主義を否定して、よにかく結果を早く求めるイラダチがある。「さん、さん、さん、ながしまさん」「なかやま　りつこさん」(コマーシャル)のコピー文句）と名前で呼ばれた時代ではもうない。時代に向けて警戒警報を出さねばならない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831/9720324.html</link>
			<pubDate>Fri, 30 May 2008 23:55:51 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>映画「靖国　ＹＡＳＵＫＵＮI」を観て</title>
			<description>　映画が面白くなり、最近も「靖国　ＹＡＳＵＫＵＮI」を観た。なぜこの映画が自粛して映画館で見せない動きがあったのかは全く理解できない。普通のドキュメントだからだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　大騒ぎする映画かと思った。それほど靖国に関する表現にナーバスになっているということか。戦前の思想はいまも確実に生きている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　９４才の刀工の登場は別になくても８・１５前後の靖国神社の動きを撮影して、靖国の歴史を少し振り返るだけで興味ある作品になったのではないか。全体を見終えての正直な感想である。ただ制作の意図はそうではない。靖国神社のご神体の剱（つるぎ）の意味を問うからだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 剱は靖国神社の象徴としてあり、そしていまもその思想が脈々と続くことが見えてきた。敗戦記念日６１年を迎えた２００６年の小泉首相の記者会見での全発言ともいえる記録、そして８・１５での参拝が「証明」してみせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 戦争を終えて６０年をこえたいま、軍服を来て参拝する人がいることが画面で見れた事実。台湾原住民の合祀取り下げの声も収録された。方々でいい立ち位置で撮すには、何台もカメラが回っていたと思う。監督のメッセージは伝わった。８・１５の靖国神社をめぐるドキュメントに終始するだけで十分ではなかったか。そう思い映画館をあとにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　３０分前に映画館に行ったが、寸前のところで立ち見もできなかった。えらい人気だ。この国の表現の自由は頑迷な守旧派が問題にしたことで関心が集まるというのではたしていいのだろうか。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831/9451701.html</link>
			<pubDate>Mon, 26 May 2008 21:07:45 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>編集局からの手紙　橋下財政再建案で照らし出されたもの</title>
			<description>　財政緊急事態の中で大阪府の予算削減策は、くっきりした構図を見せつけている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　財界や保守派の賛同に対して、直接的の影響を受ける社会的マイノリティーの人たちが「ノー」を訴える構図である。直接関係ないと見る人は無関心か、橋下知事に賛意を送る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 もし橋下知事に物言う人がテレビで映されると、物言う人に対して対決して抗議のメールやＦＡＸなどが寄せられる。府庁職員との対話で橋下知事に「職員の意気消沈させる」と職員が「もっともだ」という反応よりも「あの職員はけしからん」となる。大阪府の市長会会長も橋下知事を批判して多くの抗議メールを受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 日本社会は劇場型社会にもう２０年ほど前から変身している。劇場の舞台に立つ出演者は、観客が受けるものを演題としてあげる。要は為政者は当然、観客、つまりテレビの前の視聴者を意識した振る舞いを続ける。橋下知事もそうで、小泉元首相もそうだったから、小泉改革に比較して賛意を送る保守派重鎮もいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 しかし不公平感がぬぐえない。テレビに映し出されるのは、決してマイノリティーの人たちではないからだ。いや、メディアは世論をつくり体制を補完する役割を果たす役目をもつ。財政再建案に対する抗議でメディアに載るのは限られるが、しかし考えようによっては「黙殺」はおかしなことだ。「今日の署名提出」「今日の抗議」と定番で報道すればいいのだ。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 明後日の木曜日に記者発表を予定している「ピースおおさか」事後費ゼロ方針撤回申し込みに対して「抗議や財政再建案への 異議申し立ては連日ですから、載るかどうかわかりませんよ」。知り合いの記者はそう答えたという。財政再建には待ったはない。しかし日本近代の加害の歴史を正面に見据える「ピースおおさか」の歴史的意義は何よりも重いはずだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 はからずもメディアの立ち位置と歴史認識を橋下知事の財政再建は照らし出している。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831/8953296.html</link>
			<pubDate>Mon, 19 May 2008 23:41:49 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>日曜日新聞書評欄簡単レビュー</title>
			<description>　毎週恒例の日曜日新聞読書欄簡単レビュー。毎日、日経、朝日の３紙から。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　小説では日経が２作品を紹介している。リチャード・プライス『聖者は口を閉ざす』（文芸春秋、３５００円）と松井今朝子『そろそろ旅に』（講談社、１８００円）だ。前書は「こんなおもしろい小説を書く人はめったにいない」（評者杉江松恋）と評されるほどの作品のようだ。著者は映画脚本家として著名。テレビドラマの脚本家レイ・ミッチェルはキャリアを捨てて故郷に帰る。出身校で創作の講師を務める。何者かに襲われ瀕死の重傷を負う。幼なじみの刑事が捜査を担当するが主人公は一切の証言を拒む。刑事は仕方なく主人公の行動を調べる。事件は想像を超える深刻な問題をかかえる。「過酷な現実と卑小な個人の相克を1人の男に託して描いた小説」という。理想と現実に引き裂かれた男の痛ましい心境が描かれるとある。さてどんな小説か、日経の読書欄だけではわからない。読みたくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　後者の小説は主人公は十返舎一九。『東海道膝栗毛』の作者だ。ミステリーである。一九こと与七郎は駿府町奉行所の同心の子として生れ、江戸へ出たあと大坂に。大坂東町奉行の家臣となる。以降の人生が波乱に飛ぶ。武士を捨てる。商家の入り婿に。放蕩。離縁され江戸に上がり蔦屋重三郎方に居候して文筆家の道を歩み出す。再婚したが、また離別。また放蕩。その後に旅に出る。著者はなぜ与七郎は度重なる離別をするのか、放蕩に走るのか。旅に出るのか。「この世でなによりも不思議なのは人の心」と評者（諸田玲子）は書く。与七郎の苦悩はいまの若者の苦悩でもある。「どこ行くのか」。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ステファン・コルキュフ『台湾外省人の現在　変容する国家とそのアイデンティティ』（風響社、２６２５円）―朝日―はいまの台湾の考えるには時宜にかなうものだ。戦後（解放後）中国から台湾に渡ってきた人を外省人というが、今月２０日に台湾総統に就く馬泳九はその外省人２世である。著者は外省人は台湾化傾向を強めているとみるのだ。評者（天児慧）は「外省人と本省人の重なり始めた台湾化の政治的表出」が馬英九新総統の誕生とみている。李登輝総統時代は多くの外省人はその政治に不満を抱きながらも「台湾に根を下ろす度合いを強めた」（評者）という。その結果が「新台湾人」を押し出した馬英九の勝利だというのだ。著者はフランスの台湾研究者。学術的に質が高い書と評者は評価している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　丸谷才一『蝶々は誰からの手紙』（マガジンハウス、１９９５円）―毎日―は書評を日本語の歩みから位置付けた本とも言える。「書評７８選」と本に関するエッセーである。日本語の成熟が書評を生んだというのだ。戦前はまだその段階ではなかった。戦後の週刊誌が生んだ。産婆役は『週刊朝日』の扇田正造と『サンデー毎日』の斎藤明。著者は２人の名前を挙げる。著者は向井敏を「読書という快楽への誘惑者として最高の人」と評する。辞書に対する評も含まれる。『日本語大辞典』第２版全１３巻は「日本語の全容がはじめてあきらかになった」、前田富祺監修『日本語源大辞典』は「ページをめくつてゐると、あつといふ間に半日くらゐ経つてしまふおもしろさ」と書く。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831/8809682.html</link>
			<pubDate>Sun, 18 May 2008 09:32:19 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>橋下大阪府知事の財政改革で見えてきたのは何なのか</title>
			<description>　橋下大阪府政「改革」の問題点は一体何なのか。小泉「改革」の地方版であっていいのか。６月上旬には最終案が出される段階になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼はじめに結論ありきーがまず改革で見えてきたことだ。１１００億円の歳出削減の方針で突き進んでいる。よく似ているのは、小さな政府をうたって権限の民間移譲を進めた小泉元首相の改革と瓜二つだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼規制緩和して「失われた１０年」の経済沈滞を打ち破るーというのが、郵政民営化まで突き進んだ小泉改革の「本質」だ。結果として見えてきたのは、大企業の隆盛と、経済弱者である中小企業の衰退、いつまでも見えない景気回復という２重構造だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼地方の衰退も目を覆うばかりだ。シャッターを下ろした商店街は回復する気配はない。非正規労働者が就労人口の半数に迫る勢いにもなり、「ワーキングプアー」なり、格差社会が既成事実化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼橋下改革はこの小泉改革の地方版なのだ。まず改革に最もこたえる弱者が窮地に追い込まれる。格差社会が偏在化する。これは目に見えている。なぜ歴史に学ばないのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼「橋下府政をどう見ますか」という朝日新聞の特集（５月１３日夕刊）で、堺屋太一、本間正明両氏が小泉元首相の名前を出して橋下改革を評価しているのには驚いた。たしかに財政再建の大なたは振るわねばならないが、小泉改革の二の舞は避けねばならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼今日も大阪で識字運動をしている人たちの抗議が府庁に向けて行なわれる。２００８年度８月以降の識字推進事業の補助金打ち切りが何を意味するか、橋下知事は何ら意に介していないのだろう。セフテーネットが識字運動であると思い至らない人権感覚のなさに呆れる。先だっての障害者運動の府庁前の抗議は届いたのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼財政再建の錦の御旗に何もかもはせ参じていいはずはない。いまこそ民主主義の正体が顕われる。民衆にとっても、財政再建を進める側にとってもである。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831/8730850.html</link>
			<pubDate>Sat, 17 May 2008 09:05:21 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>日曜読書欄簡単レビュー</title>
			<description>　資本主義が高度に進むとファンド資本主義が世界にあふれるのは常識。それがいまの世界的物価高を生んでいるのだが、資本について考え、改革を迫り実現しないとずっと物価高はとまらない。資本主義に関する本から紹介しよう。敬称略&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　リチャード・フロリダ『クリエィティブ資本論』（ダイヤモンド社、２９４０円）―朝日―は、ファンド資本主義の是正ではない。実質資本主義への提言の書でもある。アメリカで６年前にベストセラーになった本の待望の翻訳である。要はクリエィティブ・クラスが脱興業社会で台頭し、彼ら、彼女の増加は２０世紀は１割だったのが２１世紀には３割に増加、経済活動を活発化するというのだ。移動をいとわない。時にはやすやすと国境を越えるーと評者（橋爪紳也）はいう。とても「ヒルズ族」とかの言葉で矮小化できないのだが、日本は軽視していることがわかる。本気でこのクリエィティブ・クラスについて取組めと迫る本でもある。そのための都市整備とか、何よりも発想の切り替えなどが日本で求められると評者はいう。クリエィティビティに開かれた地域をーというわけだ。リチャード・フロリダじゃ『クリエィティブ・クラスの世紀』という本を書いている。この書との併読がより説得性をもちクリエィティブ・クラスについて考えることになるだろう。鳥瞰図的な経済論議ではこの視点は必要だろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　スチュアート・Ｌ・ハート『未来をつくる資本主義』（英治出版、２２００円）―日経―は、難問山積の経済状況を変えるには、イノベーション（創造的破壊）が必要だと言われるが、その処方箋を示したのが本書。世界で４０億を数える貧困層こそビジネス戦略の中心に据えよ、というわけである。日本の戦後復興が例に出される。松下、ソニー、ホンダ、トヨタなどが切り開いたのが戦後復興であり、ビジネスニーズの宝庫が貧しい人たちのニーズに合った事業なのだというわけである。社会や環境を安定させる地球規模の持続可能性を回復できると主張するのだ（評者　國部克彦）。ではなぜグローバル企業はイノベーションを行なわないのかということになるが、「ピラミッドの頂点近くで頭打ち状態」だとの分析だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 イノベーションに対する方法として発想を変えたのがスチュアート・Ｌ・ハートの本だが、経済史の見方の単線的方法を戒めたのが斎藤修『比較経済発展論』（岩波書店、５２００円）ー日経ーだ。アダムスミスの「国富論」に新たな近世歴史像を示したと書評にはある（評者　中村真幸）。著者は近世国家の中世国家に対する「進歩」を強調することはなく、日本と西欧の違いがその経路で異なっていることを論証する。評者は「新たな歴史像を結ぶ力強い枠組み尾に美しく昇華されたと言っていい」と結ぶ。アダムスミスを考える大きな知的財産をえたとも言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　小説では日経では川上弘美『風花』（集英社、１４００円）、梁石日『夜に目醒めよ』（毎日新聞社、１７００円）、逢坂剛『鎖された海峡』(講談社)、２３００円）、朝日では、東野圭吾『黒笑小説』（集英社文庫、５８０円）が紹介されている。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831/7788552.html</link>
			<pubDate>Sun, 04 May 2008 11:18:55 +0900</pubDate>
			<category>過去の競馬特集</category>
		</item>
		<item>
			<title>憲法特集２　コラム「風」憲法記念日に思う</title>
			<description>　憲法制定から６１年の歳月をへた。あまり注目を集めなかったが、宍戸常壽さんという憲法学者が「『憲法改正』とはどういうことか」（『ＰITIO』４号所収　2007年１１月刊）という論文を発表した。「護憲」「改憲」二局分裂の憲法論議を克服しようとする試みである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼「憲法について一般の場で論議しようとする者は誰しも、自らの発言の『本音』が『改憲か、護憲か』のいずれかを詮索しようとする受け手の眼差しを意識しておかねばならない。（いずれでも）自ら送ろうとするメッセージに拒絶反応が、示される、といったことも起こる」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼憲法論議が「護憲」「改憲」いずれでもない第３の論陣を張ろうとも、両者の磁場に引きつけられてしまうーとも指摘している。それでは議論をもっと肩の荷を降ろしたようなかたちでできるにはどうすればいいのかーということになるが、宍戸さんは政治的プロセスの成熟をあげるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼政治的プロセスの成熟とは何か。私はまず自民党という一政党が政権の座であり続けてきた政治状況が変ることが第１歩だと思う。その政権交代の恒常化が憲法解釈の硬直化から克復していく道筋になると思う。自民一党（連合政権でも）下に打ち出された国民の義務、責任を強調した「改憲」論はより硬直した政治状況を生み出すほかないことは目に見えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼最近の判決では「イラク空輸違憲判決」（１７日）がある。面白いのは讀賣新聞の論調である。社説では「兵輸送は武力行使ではない」（１８日）と違憲判決に異議をとなえた。ところが４日後の解説面で勝股秀通編集委員が「判決が政府のあいまいさ突いた」と説いた。勝股編集委員は自衛隊海外派兵の恒久法制定を訴えるのだが、１８日の同じ毎日社説「あいまいな説明は許されない」とした視点と共有する部分をもつのだ。この論調の間隙は何を意味するのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼実は「自衛隊海外派兵の恒久法制定を」というのは政治的プロセスを台無しにする論議であり、憲法論議の硬直化を再度招く軌跡をたどることは目に見えている。毎日の社説のように「政府が活動が非戦闘地域であると主張するなら、その根拠を国民にていねいに説明する責務がある」というプロセスの中で、現行の憲法の解釈を議論すべきなのだ。そうしたプロセスを乱暴に省略してしまうのはどうしてか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼「恒久法制定」まで飛べば、憲法の根拠すら軽視されることを意味し、軽視されるから、憲法制定時だけに縛られるバトルになるのではないか。宍戸さんのいう政治的プロセスと憲法運用の提起を憲法記念日の日に考えたい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kawase19470831/7688845.html</link>
			<pubDate>Fri, 02 May 2008 21:56:24 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		</channel>
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