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お昼はお弁当でありましたが、撮影を忘れる。
先日民主主義の問題点についての記事を読んだ。『選択』であったか。その記事の中では民主主義に対する疑問点を指摘していた。政治に於ける民主主義とは、”現在生きている人”に対するものであるということ。彼らに利益をもたらす政治家が選ばれることに問題が起きる。今を生きていない子々孫々に対する責任を、政治家も国民も負うことを失念してしまっているというのだ。巨額の借金を抱えたまま、問題を先延ばしにしていることを非難している記事であったが、自分には福島の人達を思わずには居られなかった。
民主主義は戦後アメリカに占領されていたときに入ってきた思想である。今では猫も杓子も民主主義となっており、自分達にとって当たり前な語句であると言って良いと思う。福島の原発は、多数決によって設置が決まったものであろう。そしてその負担を負う代わりに公共投資を地元に誘致し、多くの公共工事によって地元に利益を誘導したというのが構図である。結果論と言われたら仕方が無いが、将来の子孫に対する責任を誰も負っていない現実がある。首都圏に住む我々の電気を賄うため、設置された原子力発電所。地震というできごとを”想定外”という言葉で済ませてしまって良いのであろうか。子孫に対してその後始末を押し付けてしまうことは、”民主的”では無いはず。それを自分達はよく考えなければならない。
晩ごはんは軽めにいただく。厚揚げのチーズ焼き、豚肉の豆芽巻き、こんにゃく、カジキの煮物でありました。
ごちそうさま
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う〜ん、たしかに忘れがちな事、もっともな主張です。
2018/9/27(木) 午前 5:51 [ くろっぺ ]
> くろっぺさん
時折まじめに考えてます😉
2018/9/27(木) 午前 7:25
小さな子供を見ていると、未来に希望を残せるお手伝いをしたいと強く思います。だからと言って独裁政治も困るので、選択をする国民がもっと成長できれば良いんでしょうが。。。
2018/9/27(木) 午後 1:14
> tomo@日本ビール党の部屋さん
それに近い考えを持ってます。今さらですが福沢諭吉の『学問のすすめ』の訳本を読んで、そう感じました。
2018/9/27(木) 午後 9:10