朝、5時半に起床。冬になったので日の出は6時過ぎである。S先輩と一緒に散歩に出かける。美しい朝焼けを見ることができた。
朝、4時頃から牡蠣剥きの作業は始まっている。年末へ向け、出荷が多くなる季節なのだ。剥き子さんの手元を見ていると、簡単そうに見えるのであるが、実際にやってみると難しい。何年も通っているけれど、彼女達の足元には到底及ばない。
簡単に言うと、上下の貝柱を切ればいいのであるが、これが難しいのだ。自分はサブに回る。
自分の役目は、台の下にあるカゴが殻で一杯になると粉砕機まで運んだり、剥く牡蠣を補充したり、くっついている牡蠣をバラしたりするのだ。
剥いた牡蠣はボールが見る見るうちに一杯になっていく。その後、洗浄機で何回も洗い、パック詰めにされるのである。今期は漁協に出荷する量が多いと聞く。自分としては、丹精込めた牡蠣が他のものと一緒に出荷されてしまうのは、ちょっとどうかと思うのであるが、小分けにする手間とコストを考えると、致し方ないかなと思うのである。
午前中で作業は終了。昼前に漁協が市場に出す牡蠣を取りに来る。競りの結果は翌日FAXで送られてくるのだ。どうか良い値がつきますように。
その後は個人用の牡蠣を送付する作業が行われる。荷造りが終了すると夕方、宅急便のトラックが引き取りに来るのだ。その間、S先輩は小松殿の奥様と打ち合わせをする。棚を今回作ることは時間的に難しいと判断、スノコを作ることにした。買ってきた材料を元に、S先輩が電動ノコ(S先輩の私物)で次々と切っていく。夕方16時までに2つ完成させた。
実はS先輩、家で2つのスノコを作ってきたのだ。こちらのスノコは合羽に着替える際、足を乗せる場所として作ったのである。しかし、漁師の間からは酷評であったのだ。せっかく作って持ってきたのに、嫁入り先が無いという状況になった。そこに助け舟を出してくれたのはヨーコ殿。介護の仕事をしているヨーコ殿、座ったときに足を置く用具としてダンボールを使っていたのだそうだ。気の温もりがとても良いと、2つのスノコは無事お嫁入りが決まったのである。
ばっちゃんは、牡蠣の袋のシール貼りを上の娘ちゃんと手伝っていた。ばっちゃんのマシンガントークに、娘ちゃんは目を白黒。あまりの迫力に驚いたのか、児童館に行きたいと言い出す。逃げたくなる気持ちが良くわかる。
大島初日の前日は回避していたが、この日は民宿海鳳の晩御飯である。食事場所はグループ別になっていて、それぞれ名前が紙で書かれている。自分達のテーブルには『いつもの方々様』と書いてあった。
11月25日はS先輩のお誕生日である。海鳳では酒を準備していた。自分達夫婦はいろいろ考えた結果、ケーキのようなものをプレゼントしようということになった。近くのスーパーで珍味とかもめの竹輪を購入。部屋にあった茶櫃のフタが丁度良いと思いデコレーションをして贈ってみた。一緒に居た方の協力を得て、お誕生日の歌を大合唱する。
島には何も無いけれど、無いという贅沢を味わうことができる。
ここで過ごす時間は、何物にも代えがたいのだ。
ごちそうさま
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